20.知り合いからの情報
大分話がそれてしまったので、ここでアルジェントは元の話題に会話の路線を戻す。
「あー……そうそう、その魔力を持たない人間の話に戻るけど、ソルイール帝国のそいつの話はそれで終わりか?」
「ああ、俺が聞いた限りではこれで全部だ。ちなみに、その魔力を持たない人間の詳細については男だと言う情報と、現在もまだ行方不明だって言う話以外には何も聞いていない」
「そうか。だけど行方不明のままだってんなら、まだこの世界の何処かに居る可能性もあるよな」
「そうかもな。……さて、もう1つの目撃情報のエスヴァリーク帝国の話をさせて貰う。こちらはその旅行に行っていた奴が直にその姿を見たらしいから、こっちの方が詳しく話せるだろう」
「本当か!?」
今度は顔だけでは無く、身体までラニサヴの方に向けられるだけ向けつつ食いつくアルジェントに、ラニサヴは再び引き気味になりつつももう1つの目撃情報について話し始める。
「初めに断っておくと、その魔力が無い人間と直接的な関わりがあるのはエスヴァリーク帝国の騎士団長だけ……と言う話なんだが、ソルイール帝国の話とはまた違った意味での大きな事を仕出かした」
「大きな事?」
「ああ。エスヴァリークはこのエレデラムの西側から海を渡って行けばすぐに着けるから、出発する場所によってはソルイールに行くよりも近いだろう。そんなエスヴァリーク帝国の騎士団長が、3年前まで西の方に存在していた、シルヴェン王国と言う国に行った事から全てが始まったんだ」
そこでアルジェントは気が付いた。
「存在していた……って、まさかそれって!?」
情報が詳しければ詳しい程、その魔力を持たない人物にアルジェントが出会える可能性が高い訳でもある。
「そうだ。その国で騎士団長が魔力を持たない人間と接触したらしい」
「じゃあ是非、詳しく俺にも教えてくれ!!」
相変わらずの食いつきっぷりにまたもや引き気味になりつつ、その騎士団長と接触したと言う人間の話を前置きをしてから、再びラニサヴは話し始めた。
「繰り返し言っておくが、あくまでも人づてに聞いたものだから色々と食い違いがあるかも知れん。その魔力を持たない人間って言うのは2人居たらしい。しかも若くて背の低い男女だったと言う話だ」
だが、ここでアルジェントは違和感を覚える。
「おいおいちょっと待て。何でそこまで分かるんだよ? そこまで詳しいってなりゃあ……もしかして騎士団長はその男女と戦ったのか?」
「戦ったかどうかまでは知らないが、その男女はシルヴェン王国でとんでもない事をしでかしたらしいし、知り合いはシルヴェン王国の食堂に勤めていた奴だからそこで嫌でも有名になったんじゃないのか?」
「あ、そうなの……じゃあ続き頼むよ」
だったらそこまで詳しく覚えていても別に変じゃ無いかと言う事で、アルジェントはその男女についての説明をもっと求める。
「その2人の戦い方は独特だったと噂になっていたらしい。素手で戦う技術は確かにこの世界にも存在するが、あくまでそれは補助的なものでしか無い。基本的にこの世界の人間は武器を持って戦うか、魔術を使って戦ったり回復や防御に専念するかだからな。だがその2人はたまに武器を使う事はあっても、基本的には素手だけで数々の戦いを勝ち抜いたと聞く」
「素手だけねぇ……。でもよ、武器があれば防具もあるだろ。防具着けてる相手に対して素手だけじゃ幾ら何でも不利過ぎじゃねえか?」
パンチやキックだけで与えられるダメージは、そのダメージを与える部位によって大小の差はあれど武器を使った時に比べれば小さなものである。
アルジェントのそんな疑問に対して、ラニサヴはその知り合いの冒険者が見たと言うその2人の内、男の方の戦い方を思い出せる範囲で思い出してからアルジェントに伝える。
「これも知り合いが言っていたんだが、そいつはその男の方と戦ったらしい。しかし、負けてしまったそいつ曰く、男は驚異的なジャンプ力と小柄だから繰り出せる素早い打撃を駆使して的確に相手を潰して行ったそうだ」
「素早い打撃……」
それを聞いて、アルジェントの心の中に幾つかのマーシャルアーツの候補が浮かんで来た。
(素早い打撃っつったら、真っ先に思いつくのはボクシングだな。でもその他のマーシャルアーツでも打撃なんて幾らでもあるし、打撃がパンチだけとは限らねえ。例えばムエタイは肘や膝を使うし、それこそシラットだって肘や膝を使う事もある。結局、どう言う戦い方だったのかを知らなきゃ特定のしようも無いか……)
例えばムエタイの膝での攻撃と空手での膝の攻撃は、打つ時の膝の角度等が微妙に違ったりする。
とは言えども言われないと気がつかないレベルだったりもするので、話を聞く限りではその男が何の格闘技の使い手だったのかを、この時点でアルジェントは決め付ける事は出来なかった。
(もう少し詳しく話を聞けるだけ聞いておく必要があるかも知れねえな。その2人が結局どうなったかだってまだ分かってねーんだし……)




