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56.逃がすものか!!

 なかなか足が速いその人影は、この天気で太陽の光が城に差し込んで来ないせいで薄暗い事もあってかどんな人物なのかアイベルクには良く分からない。

 だけど怪しい人物である事に違いは無いので、何とか見失わない様に追いかける。

(下に向かうのか?)

 通路の横から伸びている階段を下りて下に向かう人影だが、階段を下りるスピードも結構なものだ。

 危うくここでアイベルクは見失いそうになったものの、視界の端にその人影を捉えたままで下の階の廊下にたどり着く。

(向こうか!)

 廊下に辿り着いて左を向けば、その人影は近くの曲がり角を曲がって姿を再びアイベルクの視界から消す。

 アイベルクは少し駆け足になりながら追いかけるのだが、曲がり角を曲がった人影が次に別の階段を上り始める場面が見えるのだった。


(何だこの城は……迷路か?)

 まだこの城の内部を全て把握出来ていないアイベルクは地図を見ながら追いかけたい所だが、そんな暇は無い位に人影に距離を離され気味である。

 そもそもまだ明かりを灯す時間では無いらしいこの城の内部が薄暗い事からしても、万が一見失ったりでもしたら探し出すのが大変そうである。

 騎士団員達も警備として常駐してはいるが、爆弾テロ事件のせいで人数が明らかに目に見えて少なくなっているので目撃情報も余り期待出来なさそうだ。

 だから今の自分しかその不審人物を追いかける事が出来ないと思いつつ、アイベルクも階段を上がって再び上の階へ。

 もはやこの状況では自分がこの城の何処を歩いているのかさえ分からなくなって来るアイベルクだが、城の中と言う事で適当に歩いていればどうにかなるだろうと思ってしまう程に今の彼には余裕が無かった。


 しかしそんな余裕の無いアイベルクに運が向いて来たのか、少しだけ人影との差が縮まった様な気がした。

(……おっ?)

 あくまで「そんな気がした」だけだが、こうなればとアイベルクは更にペースを上げてその人影を捕まえる事にした。

 しかし、その前にその人影は更に奥にある階段……今のアイベルクが進んでいる通路の突き当たりをそのまま真っ直ぐ上がって行く。

「おい貴様、待てっ!!」

 その声はどうやら届いていなかった様で、スッと階段の上に姿を消してしまった。


 アイベルクはとうとう駆け出し、テコンドーで鍛えた己の脚力と柔らかい股関節を活かして階段を3段飛びで駆け上がる。

 人影は階段を上がり切り、右に向かって歩き出す所であった。

 それを追って階段を上り切ったアイベルクの目に、とんでもない現実が突きつけられる。

「うおっ!?」

 自分の頰を何かがギリギリで掠める感触。

 何が掠めたんだとその飛んで行った方向を見てみれば、何とそれは床に刺さったナイフ。

 またナイフか……と思いつつ人影の方に目を向けてみれば、人影は全速力でアイベルクの視界から逃れようとしていた。


(逃がすものか!!)

 いきなりナイフを投げられて黙ってこのまま逃がしてしまう訳には絶対に行かなくなったアイベルクだが、遠目に見える人影が予想外の行動に出たのを彼は見逃さなかった。

(あの部屋か!!)

 今まで廊下を移動したり階段を上り下りしていただけのその人影が、ここに来て初めてドアを開けて部屋に入ったのだ。

 当然アイベルクもその部屋のドアに向かうが、ドアを開けた瞬間唖然とした表情になる。

(えっ……)

 そのドアの先に繋がっていたのは何と部屋では無く、城のバルコニーだったのである。

 クリーニングしたばかりの礼服が雨でずぶ濡れになりつつも、確かにこのバルコニーに出たであろう人影を探してアイベルクはキョロキョロと周囲を見渡した。

「……!」

 その時アイベルクは後ろから何者かの気配を感じ、とっさに全力で前へと飛んで地面を転がって立ち上がる。


 彼が立ち上がると同時に、何かが地面に突き刺さったにしては「ドズン」と重くて低い音が背中側から聞こえて来た。

「あーあ、後ここだけで終わりだって言うのにどうしてこうも邪魔するのかしらねぇ?」

 その声は忘れたくても忘れられない声。

 アイベルクにとってはまさにトラウマであり、因縁とも言うべきその声が背中から掛かる。

「邪魔をするだと? だとしたら、わざわざこうして誰かに見つかるリスクを犯してまで貴様がここに戻って来た意味があると言う訳だな?」

 何故ここに戻って来たのか。そして「後ここだけ」の意味は一体何なのか?


 振り向いたアイベルクはそれを目の前の人物に問いかけようとする前に、今しがた入って来たドアの上にある斜めになっている屋根の上から2つの影が飛び下りて来る。

「……っ!?」

 バックステップで2つの影から距離を取るアイベルクだが、その2つの影の正体を見て絶句する事になってしまう。

「なっ、何故貴様等がここに!?」

 その2人もアイベルクにとっては忘れたくても忘れられない存在。

「人が少ないから逃げ出すのも簡単だったよ。さて、たっぷりと痛めつけてやらなきゃなあ?」

「その後はまた俺達に付き合って貰うぞ」

 目の前のクロヴィス、エドワルド、そしてメイベルの3人を相手にして土砂降りの中のバトルが幕を開けるのだった。

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