50.拒否されている瞬間
「何をしている?」
腕を組みつつ、自分を睨み付けて来るその青い瞳の持ち主をアイベルクは良く知っていた。
「……身体を動かしたかった。黙ってここを使っていたのが問題なら謝る」
「今の状況を分かっているのか。貴様は1度あの女に拉致されているのだぞ。余り不用意に出歩いてまた拉致されたらどうするのだ」
「……すまなかった」
エスヴァリーク帝国騎士団長の無機質な声がビシビシと突き刺さって来る。
勝手に出歩いたのは紛れも無い事実なので、素直にアイベルクはセバクターに謝罪する。
「別に出歩くなとは言わないが、何処で何をするか位はしっかりと報告してくれ」
「分かった。ところで、セバクターは私を探しに来たのか?」
「ああ。食事を持って行ったのだが居なかったから探しに来た。貴様の事だからここか図書館かと思ってな。それで、この倉庫の中で何をしていた?」
そう聞かれて、アイベルクはだったら……と今しがたの出来事を伝える事にした。
「武器を少し使わせて貰おうと思って探していたのだが、どうやら私は武器に触る事が出来ないらしい」
「……え?」
突然何を言い始めるのかと言いたげなセバクターに対して、アイベルクはもう1つの事実もセットで伝える。
「それだけじゃ無い。防具は身に着ける事が出来ない様なのだ。武器と防具それぞれが私が装備する事を拒否している様だからな」
「……拒否、か」
「信じられないみたいだな。確かに私があんたの立場でこんな話を聞かされたら、それこそ私だって今のあんたと同じ気持ちになるだろう」
もはや自分でも何を言っているのか分からなくなっている状態のアイベルクだったが、実際に自分の身に先程起こった出来事なのだからこれ以外の説明の仕方が無かった。
「ならば実際に、その拒否されている瞬間を見せて貰いたいものだな」
若干馬鹿にした様な、それかもしくは呆れた様な……いやどちらもミックスされたと言うのが1番しっくり来る様な口調でアイベルクに対してそう言うセバクターだが、当のアイベルクの表情が真剣そのものだったのでそこで少し違和感を覚えた。
(まさか、賢吾や美智子、それからニールの時と同じで……)
もしかしてまたあの時と同じ事になっているのか? それともまた別の現象か? と不安な気持ちが少しだけ芽生えたセバクター。
だが、自分は腰に今ぶら下げているロングソードを始めとした色々な武器で戦って来た訳だし、騎士団では毎日武器を使っての鍛錬が義務付けられている。
当然セバクターも例外では無いので、ここはアイベルクのその拒否されている瞬間を実際に見せて貰う事にした。
一方のアイベルクは、クイクイと手招きをしてセバクターを倉庫の中に誘う。
「ならば見て貰おう。私としても幾ら口で説明するよりも、実際に見て貰った方が納得出来ると思うからな」
世の中には口で説明するより、実際にやって見せなければ分からない事がかなりあったりする。
それはテコンドーのトレーニングでも実際の動きを口で説明するより、目の前で師範がやって見せて実際に生徒にも身体で覚えさせる方が上達が早かったりする。
その逆のパターンは頭で覚えた方が早いタイプの人間だが、一般的には頭が反応するより身体に染みついた動きの方が速いのは人間の性質上当たり前なのだ。
今回の武器の場合は意味合いが少し違うものの、実際に見て貰った方が良いと言うのは変わらないだろう、とアイベルクも判断した上での行動だった。
鍛錬場は明るいが倉庫の中は薄暗いのでそちらの方があの謎の光を上手く見て貰えると思い、なるべく薄暗い所でアイベルクはデモンストレーションに入る。
「どの武器でもそうなのだが、それではこの木箱の中にあるロングソードで試してみよう」
先程試したのは槍と短剣だったのだが、ロングソードでも同じ事が起こる筈だと思いながら木箱の中に詰められている鍛錬用のロングソードの1つの柄をアイベルクは握ってみる。
バチィィィッ!!
「うぐっ!!」
「うおっ!?」
流石に3回目ともなると音にも光にもそれから痛みにも耐性が出来始めているアイベルクだったが、この鍛錬場で初めてその現象を見たセバクターは当然驚きを隠し切れない。
「……これで良いか?」
「今のは……」
「見ての通りだ。私が武器に触った瞬間にこうなる。一瞬だけ触る程度なら問題は無いと思うのだが……もう少し色々と試した方が良いか?」
「ああ、そうしてくれ」
とは言え、耐性が出来てもこの光と音と痛み……特に痛みは身体の動きを鈍らせる効果がある為に余りやりたくないのがアイベルクの本音だったが、そう言えばまだ防具の方はセバクターに見せていなかった事を思い出したのでやらない訳にも行かなかった。
アイベルクが拒否された場面をハッキリと自分の目で見ていたセバクターは、以前のその3人と出会った時も同じ様な事になったと説明する。
それを聞いたアイベルクは、自分だけがこんな状況になっている訳じゃないんだ……と何故か安堵してしまった。
「……そ、そうか。でももしかしたら私が使える武器や防具があるかも知れない。しかし、全ての武器と防具で実験するのは流石に私の身体が持たないと思うから、幾つかの種類に限らせて貰う」
「分かった。それならば金属と木製の武器をそれぞれ何種類か、それから皮と金属の防具をそれぞれ幾つか試してみよう」




