44.頭目掛けてフルスイング
しかし、自由の身になれたからと言ってまだ自分がこの盗賊団の連中から完璧に逃れる事が出来た訳では無いのだ。
肩にナイフが刺さったままではあるものの、手と足のロープは解けた訳だしと言う事でアイベルクはまず自分から1番近い場所で槍使いの男と戦っているエドワルドに対してドロップキック……はキックの後に背中から落ちて更に肩のナイフが突き刺さる可能性がかなり高いので断念。
その代わり、槍使いの男と戦っている事でエドワルドの意識が自分に向いていない事を利用して、自分の黒い礼服を洞窟の闇に溶け込ませるが如く背後から忍び寄る。
アイベルクのその手に握られていた物は、先程メイベルとクロヴィスがせっせと魔石を詰め込んでいた大きな麻袋。
肩にナイフが突き刺さったままでも持てる位の丁度良い重さまで魔石を入れておいてくれた偶然が功を奏し、その大きなブラックジャックとなった麻袋の口をしっかり縛ってから、狙いを定めてアイベルクはエドワルドの頭目掛けて麻袋をフルスイング。
「ごは!?」
元々の重さに加えて遠心力も利用した重いその一撃は、狼獣人の意識を奪うには十分なものであった事はその狼獣人が気絶してしまった事で証明された。
「なっ、貴様は!?」
「話は後だ。先に向こうの2人を片付けるぞ!!」
今までアイベルクの存在に気が付いて無かったのだろうか?
槍使いの男がアイベルクに対して驚きの声を上げるが、そんなのに当のアイベルクは構っている時間は無い。
向こうでは大剣使いの男がメイベルとクロヴィスに1人で立ち向かっている為、この状況でまだやるべき事があるだろうとそのバトルの方向へとアイベルクと槍使いの男が駆け出す。
「っ!?」
メイベルがエドワルド側の異変に気が付いて焦ったのを見逃さず、まずは槍使いの男が彼女に突撃して行く。
その一方で金髪の男と戦っているクロヴィスに対しては、アイベルクが身体を横に1回転させてまた遠心力で勢いをつけつつ、さながら砲丸投げの片手投げバージョンの様に麻袋を右手1本で全力で投擲。
頭にはヒットしなかったものの背中にヒットしたその重い麻袋は、クロヴィスの姿勢を大きく崩すにも十分な効果を発揮してくれた。
「ぐえ!?」
2人の部下が倒されてしまった事に気が付いたメイベルは、こうなっては仕方が無いとばかりに自分が集めていたもう1つの魔石の袋も部下の2人も諦めてさっさとこの洞窟からの脱出を図る。
「逃がすかっ!」
金髪の男がメイベルを追いかけて行き、それに続いてアイベルク、槍使いの男と言う順で洞窟でのチェイスシーンが幕を開ける事になる筈だったのだが、ここで槍使いの男が衝撃の事実に気が付いた。
「お、おい貴様……肩にナイフが!?」
それにまだ麻袋で倒したあの2人の身柄も拘束していないので、メイベルの追跡は金髪の男に任せて半ば無理やりアイベルクを引き留める槍使いの男。
「なっ、何だ!」
「あの女は隊長に任せろ!! 肩の治療をしなければ!」
自由の身になってからずっと脳にアドレナリンが出ていたからか、ロープを解いてから今まで忘れていた痛みが急にアイベルクの肩に襲い掛かって来た。
それにずっと縛られていた事によって血の巡りが悪くなっているせいなのか、身体の自由も完全な状態の時より動きにくくなっている事にも気が付いた。
「くっ……」
ここは大人しく追跡をあの隊長と呼ばれた男に任せておき、その隊長の部下であろう槍使いの男に治療を頼む事にした。
「すまない、それじゃあナイフを抜いてくれ」
「分かった。その前にあの2人を縛り上げてからにさせて貰う」
何度かそのナイフでえぐられはしたものの、完全に傷口から抜かれなかった事は不幸中の幸いと言えるだろう。
槍使いの男が気絶したエドワルドと、麻袋の衝撃で地面に倒れ込んでうめいているクロヴィスの身体を懐から取り出したロープで縛り上げてから、いよいよ今まで刺さりっ放しだったナイフを抜いて貰うアイベルク。
「喋るなよ」
「……っ!」
一気にナイフを引き抜かれ、一瞬の痛みと引き換えに安堵感で心が満たされた。
「何だこの服は……脱がし難いな。すまないが服の上から応急処置をさせて貰う」
「いや、服だったら俺が自分で脱げる。待っててくれ」
血を止める為に応急処置を礼服の上からしようと思っていた槍使いの男だが、アイベルクはそれを断って手早く黒い礼服を脱ぎ始めた。
刺された傷口から漏れ出した血で肩の部分が真っ赤に染まったワイシャツと、血のシミが出来ている礼服の上着を脱いで上半身裸になったアイベルクに対して、槍使いの男は再び懐に手を突っ込んだかと思うとそこから布と薬を取り出した。
「今はこの程度の応急処置しか出来ない。本格的な治療は事情を聞く為に一緒に来て貰ってからにするぞ」
「ああ、それで構わん。色々と助かった。あんたは騎士団の人間なのか?」
あの隊長と呼ばれていた男が自分で騎士団云々と言っていたので間違い無いとは思うものの、その男の仲間であるこの槍使いの男の口から直接アイベルクは正体を聞きたかった。




