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30.さらわれたアイベルク

 身構えるアイベルクだったが、メイベルは意味の分からない事を言い出した。

「ふぅん、ここに居たのね。それだったら好都合だわ」

「何?」

 自分がここに居る事が、何故彼女にとって都合が良い事になるのであろうか。

 その事を問いただす前に、彼女の側近になっているのであろう短剣使いの狼の獣人と槍使いのライオンの獣人がメイベルの指示で襲いかかって来る。

 当然アイベルクも黙って襲われる筈も無く、すぐさまその2匹の獣人の攻撃に反撃開始だ。

「姉御は先に逃げて下さい。ここは俺達で。はああっ!」

「覚悟しやがれええっ!! ふうっ!」

 狼の獣人の言葉からして、まさかこの襲撃の目的は……とアイベルクが頭の中でさっきから思っていた疑惑を確信に変えている間に、気合いを入れた声を出してそれぞれの武器を振りかざして向かって来る獣人2人。


 しかしアイベルクはこの状況でまともにやり合うつもりも無かった。

 背中を向ける形でクルリとターンし、今しがた自分が下りて来た階段を上って再び上へと向かう。

 複数人相手でしかも2人とも武器を持っている相手とまともに正面からやりあったのでは、幾らテコンドーの達人のアイベルクだって勝ち目はゼロに等しいからだ。

 だったらその勝ち目を少しでもアップさせる為に、ルール無用のこうした戦場では何だってやるのが正しい。

 戦場では生き残った方が強いのである。

 軍人として国民の為に戦うのは一種の使命なのだから……と思いつつ、アイベルクは階段を駆け上がる。

 後ろからは当然2人の獣人が追いかけて来る。

 チラリとその追いかけて来る獣人の姿を振り返って確認したアイベルクは、階段を駆け上がる途中で再びクルリと180度ターンして、先に自分に向かって来たライオンの獣人の顔面を高低差を利用して全力で前蹴りでぶっ飛ばす。


「ぐうぉ!?」

 当然ぶっ飛ばされたライオンの獣人の後ろには狼の獣人が居るので、狼の獣人はライオンの獣人が蹴り落とされて来たのを身体全体で受け止める形になってしまったのは言うまでも無い。

 ドッタンバッタンと2人がもみ合いながら階段を転がり落ちて行く様子を見て、その後をアイベルクも追跡。

 下まで一気に駆け下りて、先に顔と腰をさすりながら立ち上がって来たライオンの獣人目掛けて韓国映画で良く見られる光景のドロップキック。

「ぬぐっは!!」

 またしてもぶっ飛ばされる形になったライオンの獣人は、ぶっ飛んで行った先にあった木製のテーブルをその上に乗っていた花瓶もろとも粉砕する形でノックアウトされてしまう。


「ぐぅ……ぬあああああっ!!」

 ライオンの獣人の下敷きになる形で落っこちた狼の獣人が、狼らしい雄叫びを上げつつ短剣を振りかざしてアイベルクに襲い掛かる。

 だがアイベルクはその振りかざして来た短剣を持つ腕を蹴り飛ばし、1度着地させた足をそのまま続けて獣人の胸に叩き込む。

「げは!」

 胸に強いキックを食らって思わず動きを止めた獣人に対し、コンビネーションの如くその胸へのキックから一旦足を地面に下ろし、そしてハイキックで獣人の側頭部を蹴り飛ばして壁に叩きつける。

「ぐぁ……」

 難い壁に頭を叩きつけられる格好になった獣人もノックアウトしてしまい、アイベルクは急いでここから立ち去るべく歩き出そうとした。


「がはっ!?」

 何の前触れも無く突然襲い掛かって来た衝撃。

 自分の後頭部に強い衝撃をいきなり食らった事で、想定外の痛みに意識が遠のくアイベルク。

「ぐぅ……!」

 地面にドサリと倒れ込みながらも、仰向けに倒れ込んだ事でその後頭部への攻撃をして来た人間の姿が見える体勢になった。

「……き、さま……!!」

「しばらく付き合って貰うわよ」

 その冷たい、しかし楽しそうな声と共にメイベルの履いているブーツの底がアイベルクの顔面一杯に映し出されたのを最後に、彼の意識もまた闇へと沈んで行った。


「ほら、起きなさいよ。こんな奴にやられるなんて、貴方達は寝ぼけてたんじゃないの? 全く……」

 ペチペチと頬を叩いて自分の側近である獣人2人を文字通り叩き起こしたメイベルは、今しがた自分が斧の刃の側面……殺傷能力はかなり低いその部分で頭を殴りつけて行動不能にし、とどめに顔面を踏みつけて気絶させたアイベルクの拘束を命令する。

「あ、姉御? 何でここに戻って来たんですか?」

「うう……あいててて……油断しちまったぜ、くそっ!!」

「その前にこの男をさっさと縛り上げて、外に待機しているワイバーンに乗せるのよ。利用価値は存分にありそうだからね」


 テキパキと行動指示する自分達の主君に対して、獣人2人はアイベルクとのバトルからまだ抜け切っていない痛みを堪えつつも、その痛みを負わせた張本人を持ち物のロープで縛り上げる。

「この男はなかなか強かったから、油断出来ないと思ってやっぱり加勢しに来たのよ。それにまだ逃げ道のルートも完全に出来上がっていないから、さっさと残っている騎士団の連中を殺してここから逃げるのよ」

「い、イエッサー!」

 バッと敬礼をした獣人達の手によって、気絶したままのアイベルクは何処かへ拉致される事になってしまった。

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