19.懐かしい夢
地球と違うと完全に判明し、これはドッキリ企画でも何でも無いと判明したアイベルクの頭に浮かんだ次なる疑問がそれだった。
セバクターやシーディト、カヴィルドとは普通に会話が出来ているし、それからこの地図にセバクターが描き込んでくれた地名だって、パッと見ただけではアルファベットでは無いので何が記載してあるのかは分からない。
しかしワンテンポ待てば今まで自分が日常生活の中で触れて来た文字や単語、そして文章へとスーッと変わって読める様になるのである。
そのワンテンポ遅れると言う事を除けば普通に読む事が出来るのは、アイベルクにとっては救いであった。
これで言語も分からず文字も読めずとなれば、自分はもっと苦労していただろうと内心で胸を撫で下ろしていた。
この翻訳機能とでも言えば良いのだろうか?
これは一体どうしてこうなっているのだろうかと思うアイベルク。
(いやまぁ……翻訳をしてくれるのは良いんだが、私は何故そんな効果があるのかを知りたいって言うか……)
誰かに問い掛けるかの様な独り言を頭の中で呟く様になってしまい、自分も相当精神的に疲れているのか……とちょっと絶望したアイベルクの耳に、コンコンとドアがノックされる音が聞こえて来た。
ドアが開かれてメイドが現れ、トレーの載ったワゴンを押して食事を持って来てくれたのである。
まずは腹を満たしてから再び考えれば良い、とアイベルクは運ばれて来た料理に手を付け始めた。
夕食も終わって食欲を解消したアイベルクは、食事中もさっきからずっと考えていたその疑問について自分なりの答えを出していた。
(私でも良く分からん。とにかく、これは一種の救済措置だと思っておこう)
結局、アイベルクでも答えは出ないまま終わってしまった。
とにかく言葉が通じて文字も読む事が出来る。
ただし書けるのか? と言われればそれは実際に自分が書いたものをこの世界の人間に見て貰わなければ分からないので、現時点では判断が出来ない話だ。
問題が無ければそれで良い、と言うのも1つの考えとして正しいものかもしれないと思いながら、アイベルクは礼服を洗濯して貰う為に再び部屋の外に居る衛兵に声を掛けた。
そして着替えとして用意された、簡素ではあるものの仕立てはなかなかの物である部屋着に着替えてから、疲れた身体を修理する為にベッドに横になる。
(まさか、地球と違う世界と言うものがあるとはな)
こんな事は誰かの空想上の中のストーリーでしかありえないと思っていたのだが、実際にこうして自分が違う世界に来てしまった事を現在進行形で体験しているとなれば、その「地球とは違う世界と言うもの」を嫌でも認めるしか無いとアイベルクも思ってしまう。
願わくば、この眠りから目が覚めたら元の世界……自分が住み慣れた場所である地球に戻っていて欲しい。
そう思いながら、肉体的にも精神的にも疲れが蓄積していたアイベルクの意識は夢の世界へと旅立って行った。
その旅立った夢の世界で、アイベルクはふと懐かしい夢を見た。
「はっ! はっ!!」
交互に拳を前にまっすぐ突き出し、精一杯武術の型のトレーニングをしている小さい頃の自分の姿。
他の練習生に交じって自分もトレーニングを続ける。
トレーニングは拳だけでは無くてキックも行う。
それから型のトレーニングを終わらせた後はスパーリング形式で自分ともう1人の人間でペアを組む。
そして審判役の師範の「始め!」と言う掛け声と共に、ヘッドギアを装着した自分が相手に向かって回し蹴りを放った所でアイベルクは夢の世界から現実世界に戻って来た。
「……う……」
夢か……と思いながらもゆっくりと覚醒して行く意識、クリアになって来る視界。
だが、目の前に見える景色が何時もと違う事にアイベルクの視界も意識も一気に覚醒した。
「はっ!?」
ガバッと跳ね起きる様にして身を起こしたアイベルクは、自分の服装もいつも寝る時に着ている簡素なシャツと綿のパンツでは無い事に気が付いた。
その覚醒した意識ではあるが、寝起きの為に頭の回転がまだ本来の調子では無い。
ひとまずグルリと室内を見渡して、何故今の自分がこんな場所に居るのかと言う事を思い出して行く。
その事を段々と思い出して行くと同時に、アイベルクの顔に落胆の色が浮かんで溜め息も出てしまう。
(はぁ……どうやらまだここは異世界の様だな……)
馬車でこの帝都に向かって護送されていた間も、睡眠は勿論取っていた。
だけどその時は、アイベルクの周りにセバクターを始めとして多数の兵士達が居たからこそ嫌でも異世界で目が覚めたとすぐに分かったのである。
1人になって眠ってみれば、もしかしたら次に目が覚めた時に地球に帰っているかも知れない。
そう夢を見ながら実際に夢の世界へと向かったアイベルクだったが、結局それは叶わない夢だった様である。
「……しょうがないか」
これは現実だ。受け止めなければならない。
その一言の呟きにそんな気持ちを乗せつつ、アイベルクは立ち上がって「日課」を始める事にした。




