10.魔力を持たない中年の男
「負けた?」
「ああ。自分の恥を晒す事になるが、俺は負けてしまった。仕方ないさ……勝負は色々な運の要素も絡んで来るし、俺だって人間だから負ける事もある。その時は素直に俺は自分の負けを認めた。それだけの話だ」
「とは言え、騎士団の師団長だったあんたを負かすなんて相当なんだな」
「俺もそう思う。だから俺はその時から更に鍛錬を積んで、今はこうして騎士団長になったんだ」
そこで段々と話が脱線している事に気が付いたセバクターは、その魔力を持たない2人組の話に戻した。
「……さて、もう1人の美智子と言う女だが……彼女は賢吾の幼馴染だって話でな。地元が一緒で、今は同じ学校に進学したらしい」
「学生なのか?」
「そうらしい。今はどうなのか知らないがな。その美智子は武術の経験は無いって話で、この世界にやって来てから賢吾に日本拳法を教わっていたらしい。だがそれよりも、彼女は元々身体が柔らかい上に、手先が器用らしくてな。2人が誘拐された時もあったんだが、その時は彼女が大活躍して脱出するのに道具を自作したらしいぞ」
「ほう」
2人はそれぞれできちんと役割分担が出来ているらしい。
「それで、その2人は最終的に自分達の世界に帰ったのか?」
「ああ。最終的にシルヴェン王国騎士団の世界征服の陰謀を止め、エンヴィルーク様とアンフェレイア様の力で元の世界に戻って行った。滅んだシルヴェン王国はこの世界の地図から消え去り、今はアイクアル王国の領土として色々と整備されて使われている」
「じゃあ、この世界にはもう居ないって事になるんだな」
「そうだな。これがその魔力を持たない2人の話だ」
そう最後にセバクターが締めくくったのだが、まだ魔力を持っていない人間達の話には続きがあるらしいのでそれも話して貰わないと気が済まないアイベルク。
「その2人の事は、もし俺が無事に地球に帰れたら調べてみよう。それはそれとして、あんたは確か俺と同じ魔力が無い人間に出会うのは3度目だ、と自分で言っていたな。と言う事はまだ他にも居るんだろう? 魔力を持たないその人間が。まさか賢吾と美智子で2人だから、それで2人とカウントしている訳ではあるまい?」
「勿論だ」
アイベルクの疑問にセバクターは真顔で頷く。
「もう1人の人間は……これも、俺が休暇を取って向かった国で出会った人間なんだ」
「……あんた、余程休暇に縁が無いんだな」
思わずポツリとそう口から出てしまったアイベルクだが、セバクターは特に気にせず続ける。
「そうかもな。それで、その休暇の途中で会った人物と言うのは、今度は俺よりも年上の中年の男だ」
「年上の中年……」
「ああ。出会ったのは今からおよそ半年前。このエスヴァリークから見て北西に位置しているソルイール帝国だった。そして結論から言えば、その男も無事に自分の世界に戻ったんだ」
だったら自分も最終的には地球に戻れる可能性が高くなって来たな、とアイベルクは心の中で喜ぶが、今はとりあえずその男の話をもっと聞かせて貰う事にした。
「そうなのか。その中年の男の名前とか出身地、それから容姿や年齢は覚えているか?」
「勿論だ。一緒に居た期間で言えば、最初の賢吾と美智子よりも長かった筈だ。その男の名前はニール・クロフォードと言ったな。確か……アメリカと呼ばれる大きな国の出身だと聞いた」
「アメリカか……」
「知っているのか?」
「ああ。私の世界でも1、2を争う程の大国だ」
アメリカを知らない地球人はこの世に居ないんじゃないかと思う位にネームバリューがあるし、アイベルクも何度か旅行した事がある。
「ほう、だったら機会がある時にその国の事を聞かせてくれるとありがたい。そのアメリカから来たと言っていたニールは、無造作気味の形をしている茶髪に、鼻の下に髭を蓄えていた。年齢は確か……半年前の時点で35歳だと言っていたな」
「私の3つ下か……」
現在38歳のアイベルクにとっては、年齢が近いとそれだけで自然と親近感が湧く。
「その男も、その……ええと、神様に呼ばれてこの世界に?」
賢吾と美智子がそうだったのならきっとその男もそうだろう、と思って聞いてみるアイベルクだが、セバクターは首を横に振った。
「いいや、その時はエンヴィルーク様もアンフェレイア様も関係が無いそうだ。その時はソルイール帝国の精霊が関係していたらしい」
「精霊……?」
またもファンタジーな単語が出て来たなと思うアイベルクだが、実際にここはファンタジーな世界なのだからそれも当たり前である。
「そう。ソルイール帝国の地下に封印されている遺跡があって、そこの封印を解く為にニールは自分の武術の腕前と、それから旅の途中で出会った仲間達の力を頼りにして帝国の各地で遺跡の封印を解き、そしてアイテムを集めていたんだ」
セバクターの話によれば、最初はソルイール帝国の山脈に突然現れたニール。
それだけでも非常事態なのに、その山脈で訳の分からない因縁をつけられてしまって、結果的にソルイール帝国の人々から追い掛け回される破目になったらしい。




