6.3度目の出会い
そのまま歩かされる事、アイベルクの体感時間でおよそ20分。
やっとの思いで出口から外に出たアイベルクは、薄暗い場所から直射日光の照り付ける場所に出て来た事で思わず目を強く閉じたり開いたりして光に目を慣れさせる動作をする。
更に黒1色の軍服であるが故、その直射日光をグングン吸収してしまう性質を持っているとなれば上着だけでもまずは脱がせて欲しい所である。
(略装で過ごすべきだったか……)
各国の大佐以上が出席する事を義務付けられている会議があった為に、アイベルクもまたそれなりの格好となる礼装で出席しなければならなかった。
そしてこの格好のままデスクワークに励んでいたのが、今となっては動きにくさと言うデメリットになってアイベルクに苦痛をもたらしているのだ。
でも、アイベルクを連行している自称帝国騎士団長の男はそうはさせてくれないらしい。
「上着だけでも脱がせて貰えないだろうか。暑いし動きづらいからな」
「断る。服の下に武器でも隠されていたのではかなわんからな。これから俺と一緒に馬に乗っていれば、風で少しは暑さも和らぐ筈だが」
どうやら、自分の様な不審人物の申し出はこの男にとっては却下の対象になるらしいとアイベルクは思った。
仕方が無いのでこれ以上自分から何かを言うのは諦める事にして、今は素直にこの男に従った方が得策だろうとの判断をアイベルクは頭の中で下した。
そんなアイベルクを引き連れて、自称騎士団長のセバクターは洞窟の近くの木に繋げてあった自分の馬に向かう。
「乗れ」
割と大きめであり、灰色の毛並みが特徴的なその馬に乗るには少し高さがあるのだが、そこは鍛え抜かれた強靭な足腰を駆使して身軽な動きを見せるアイベルク。
(ほう、身体の使い方は分かっているみたいだな)
そのアイベルクの身のこなしを見て、セバクターはこの男が素人では無いと心の中で直感する。
素人であれば馬に乗る時も躊躇や恐怖と言う色々な感情によってあたふたするものなのだが、アイベルクは躊躇せずに馬の背中に身軽に乗った。
(乗馬経験があるのかも知れないな)
実の所で言えば、アイベルクは乗馬の経験はまるでゼロ。
しかし、ここで躊躇していても仕方が無いと判断した彼はさっさと馬に乗ってしまう事を決意して乗った。
ただそれだけの話である。
軍に入る以前から、ただ馬の背中に乗るよりもずっと恐怖心を伴う位の競技の世界に身を置いて来たアイベルクにとっては、馬に乗る事には微塵も焦りを感じなかったのだ。
そんなアイベルクの身のこなしに内心で少し感心しつつも、まだこの男が味方か敵なのかどうかも分からないので、セバクターはアイベルクを抱え込む様にして馬に乗ったのだが……。
(でかい……)
180cmの自分よりも少しだけ、ほんの少しだけ大きなアイベルクの身体を抱え込むと言うのは流石に無理がある事に気がついたセバクター。
「少し屈んでくれないか。前が良く見えん」
「あ、ああ」
だったら最初から自分を後ろに乗せれば良かったんじゃ無いのかと思いつつも、窮屈なこのスペースでアイベルクは最大限に自分の身体を丸めてセバクターの視界を確保する。
視界を確保された側のセバクターは気を取り直して馬を走らせ始めたのだが、何とも奇妙な感覚だ。
(魔力が無い人間の身体が密着する程こんなに近くに居ると言うのは、俺でもさすがに経験した事が無い。魔力を感じられないと言うのはこれ程までに不思議に感じるものだったのか)
物凄く複雑な気分になりつつも、怪しい人物であれば取り調べに連れていかなければならないのが自分の任務なのだから仕方が無い。
そんな複雑な気分を抱えたまま、セバクターは馬を走らせながら以前に出会った魔力が感じられない人間達の事を思い出していた。
(賢吾と美智子、それからニール……今は元気にやっているだろうか?)
この世界で生きて来た自分が出会った、魔力を持たない人間達のエピソード。
最初に出会ったのは今から3年前、まだ自分が師団長として活動していた時期に出会った、自分と同じ位の年齢の若い男女2人組である賢吾と美智子だった。
日本と呼ばれる国からやって来たと言っていたその2人は、今は無きシルヴェン王国と呼ばれるアイクアル王国の中の国において、その王国騎士団の団長が企てていた陰謀を阻止する為に奔走していたのをセバクターも良く覚えている。
最終的に自分と賢吾が手合わせをして、2回も負けてしまった上に伝説のドラゴン2匹にも出会えたので、自分の人生の中でも間違い無く1番の思い出だろう。
それから2回目に出会った魔力の無い人間は、今度は自分よりも年上の、アメリカと言う国からやって来たと言っていたニール・クロフォード。
カラリパヤットと呼ばれる、ニールが生まれ育った世界で最古の武術と言われている体術と武器術を使用し、ソルイール帝国の騎士団とギルドが企てていた世界征服の計画を阻止して姿を消した。
(また今度も俺が協力する事になるのなら、惜しげも無く俺の力を貸す事にしよう)
そう宣言したセバクターのその心が、無意識に愛馬のスピードをアップさせるのだった。




