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54.あの時のアイツ

 料理屋の中……と言ってもアンリとレナードの2人しか客は居なかったのだが、その料理屋の中の時間が一瞬止まったのがレナードには分かった。

 いや、時間が止まったのはむしろレナードだけであっただろう。

 何故なら、新たにドアが開いて料理屋の中に入って来たその人物は紛れも無く、レナードに前日の夜襲い掛かって来たばかりのあの黒髪の男だったからであった。

 服装はあの時と違うものの、その顔は忘れる事が出来ない。

 何故賊が、こんな所に。

 レナードは内心で凄く驚いているのだが、向こうはこちらに気が付いていないのか意にも介していない普通の足取りで2人とは離れた場所に座る。


「あ、アンリさんあの男ですよ!」

「え?」

「私に襲い掛かって来た賊です!!」

「何っ!?」

 小声で話しかけて来たレナードに耳を傾けていたアンリが、思わず大声を上げてしまった事でその男もレナードとアンリに気が付いたのだ……が。


「……」

 賊の男はこっちを訝しげに見た後、何事も無かったかの様に近くに置いてある本を手に取ってパラパラとめくり始めた。

 その様子にレナードとアンリも拍子抜けだ。

「……何だか妙に落ち着いているな。本当にあの男なのか?」

「間違いありません、あの男です!」

「それにしては落ち着き過ぎだろう。普通、自分が襲いかかった相手であれば向こうも取り乱すと思うんだけど」


 アンリの言う通り、男は非常に落ち着いている。

 それに、あの男の顔を見たのは考えてみればレナードだけ。

 しかもレナードはあの男と格闘していた為に、顔の記憶はあっても本当にあの顔だったか? と言う疑問が次第に疑心暗鬼に変わって来る。

「見間違いじゃ無いのか? 似た様な顔の奴なんて沢山居るぞ?」

「……うーん……」

 そう言われてみると、あの落ち着き様からして何だか違う気がして来たレナード。

 人間の記憶と言うものはそれこそ瞬間記憶能力でも無い限り、あやふやに覚えてしまっているものだ。

 だからこそ反復練習を繰り返したり何回も映像を見直したりして頭や身体に覚えさせるのが人間である。

 もし人違いだとしたら?

 そんな疑問がレナードの頭をグルグルと駆け巡り、結局そこで料理が運ばれて来た事もあってこれ以上疑うのをレナードは止めた。


 だがやはりあの男が気になってしまう。

 アンリには申し訳無いと思いつつも、食事の味は実際に分からないまま食事をするレナード。

 ちらちらとその男が居る方向に視線を向けるレナードだが、やっぱりレナード達の存在を気にもせずに男はもしゃもしゃと料理に手を付けている。

(本当に勘違いなのかもしれないな)

 普通だったらあそこまで落ち着いて居られる訳は無い。

 自分を襲って来た相手とは違う男である可能性がレナードの心の中で高くなって行く。

 そう考えてみると料理の味も少しずつ分かる様になって来たので、レナードはせっかくアンリがおすすめの料理屋に連れて来てくれたのだから……と言う思いから目の前の料理を楽しむ事にした。


 半分位ではあるが、料理の味を分かる事が出来てレナードは満足していた。

 だけどそれ以上に満足出来ない元凶が、まだこの店内で料理をつつきながら本を読んでいる。

 それを見ているレナードにアンリが声をかけて来た。

「あんたの気持ちも分かんないでも無いがな……とにかく、今は自分の身の安全を最優先に考えよう。そろそろ出ようか」

「……はい」

 モヤモヤとした感覚は消えてくれそうに無いが、確固たる証拠が無い以上は店の中の男を犯人と断定できないのが現状なので仕方が無い。

 今は城に戻って大人しくしているのが最善策だとモヤモヤを何とか頭から振り切って料理屋を出る。

 さっきの男が自分達に目を向けている事に気が付きつつも、結局問い詰める勇気がレナードに出ないままで。


 そんな料理屋でのシーンを終えて、城へと戻って来たレナードはまだ心の中にあるモヤモヤを振り払うべく自分に割り当てられた新しい部屋で筋力トレーニングに励んでいた。

 賊が侵入して来たこの部屋は現場検証や警備の強化があるので、危険性を少しでも減らす為にアンリが部屋を変えてくれたのである。

 城の3階部分に位置している為に賊の侵入ルートとしてはロープでも無い限り簡単に侵入は出来ない。

 それこそワイバーン等の空を飛べる乗り物でも無いとここまで辿り着けないのだが、レナードは別の方法でまた襲撃される可能性があるかも知れないとも思っていた。


(また、魔術を使われたら……)

 アンリにその事を訪ねてみたのだが、彼曰く魔術師達に頼んで結界を城全体に張って貰うそうで、これが外部からの転移魔術を含む魔術のブロッカーになるとの説明だった。

 それに警備体制も城全体で強化するし、何も心配する必要は無いとも言われてレナードはその言葉を信じて部屋にこもる事にした。

 歯をくいしばって、腕立て伏せの最後の1回を終える。

 額から流れ出た汗が絨毯に落ちてシミを作る。

 はあはあと息を切らしつつ、用意して貰ったタオルで額の汗を拭うレナードだったが、次の瞬間思いがけない事態が彼の身に降りかかって来る。

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