34.帰れないと分かったら
これ以上自分の事を話したくなくなってしまったアンリは、ここで話題を変えてレナードに話を振る。
「もし、の話なのだが……そっちの世界にあんたが帰れないって分かったら、どうするか考えていたりするのか?」
「……その時は、この世界で生き続ける為に別の仕事をしようかと思っています。騎士団に入団出来るのであれば、私も軍人の端くれではありますから多少はお役に立てると思います」
そのレナードの宣言にアンリの顔つきが変わった。
「役に立てる……か。だったら仮に王国騎士団に入ったとして、どうやって我が騎士団の役に立つ事が出来るかと言う事をあんたは具体的に説明出来るか?」
レナードはそんな質問をアンリから投げかけられたものの、特に動揺する事無くはっきりとその質問に答える。
「私はこの世界の事をまだ全くと言って良い程知りません。それに、アンリさんの所属している王国騎士団がどれ程の規模なのかも分かりませんし、各国間の確執についても何も知らない状況です。それに私は元の世界では後方支援部隊に所属していた身分ですので、騎士団の雑用係から始めてこの世界の事を色々と覚えつつ、最終的には王国騎士団の前線部隊に行きたいと思っています」
実際の所、この世界から帰る事が出来ても帰る事が出来なかったとしてもレナードの前線で活躍したいと言う気持ちは今でも全く変わっていないのが事実だ。
しかし元の世界ではもう既に大尉と言う役職に今の部署で就いてしまっている以上、ヴィサドール帝国軍の前線で活躍する事は難しいだろう。
何より、前線で活動するにはそれこそ活躍出来るフィールドが無ければ無理だ。
だけどここは異世界エンヴィルーク・アンフェレイア。
そしてその異世界に存在しているこのリーフォセリア王国騎士団であれば、別に戦争や紛争が無かったとしても例えば魔物退治であるとかのものでも前線で活躍出来るだろうとレナードは考えたのだ。
レナードの質問の答えを確認したアンリは1つうなずく。
「まぁ、悪くは無い答えと言う所か。丁度雑用関係は空きがあったかもしれないから、もしその時が来たら掛け合ってみる事にするか。ただし、騎士団で働けなかった場合にはどうにかして自分の食い扶持を確保してくれよ?」
「はい、よろしくお願いします」
何とか働き口の目途も少しは立ちそうな気がして来たので、レナードもほっとしながら眠る事にした。
この世界で生きて行く自信は今の所はまだ無いが、仮に地球に帰れない状況になったとしたらその時は嫌でもこの世界で生きて行くしか無いのだ。
ならば、その時に備えてこの世界の事を出来るだけ沢山勉強して自分の頭に叩き込んだり紙に記録として自分の言葉で書き連ねる事が重要だとレナードは思う。
(明日、アンリさんに紙とペンを用意して貰うとするか)
まずはその為に、忘れない内に自分がやるべき事をしなければいけない。
出来る事は出来る時にやらなければ、何時かやろうやろうと思っていると何時まで経っても出来ない。
だから、この世界の事を覚えるのは寝て起きてからすぐに始めなければならない。
それが今、ベッドに潜り込んで寝息を立て始めたレナードの出した結論だった。
この先、どんな事が自分の身に待ち受けているのだろうと言う不安はある。
いきなり異世界と言うあり得ない場所に来てしまった絶望感も、まだ拭い切れていないとは言い切れない。
だったら、その不安や絶望感を少しでも和らげる事が出来るのであれば。
この世界で生きて行く事になった時の希望が少しでも増えるのであれば。
レナードはこの世界で暮らす為の知恵や知識を身につけて行かなければならないと悟ったのである。
その為には、聞き込み調査を徹底して何でも貪欲に吸収して行かなければ自分の為になる情報が得られない。
隣で寝ているアンリからも、まだこの世界について聞いていない事がある。
その為には、このまま王都に行って色々な場所から集まって来る情報を集めて自分で考えて纏め、地球に帰る為の情報にしたりこの世界で生きて行く為の知識として身につける事が今のレナードには必要だった。
(必要の無い情報は地球には沢山ある。だが、今のこのエンヴィルーク・アンフェレイアにはそれは無い!)
生産性の無い情報は地球に山程溢れているし、そう言うものに興味が無いレナードは勿論見向きもしなかった。
だけど、エンヴィルーク・アンフェレイアと言うこの世界では一見すれば生産性の無い情報であったとしても、それがもしかしたら自分自身の何かの切っ掛けに繋がるかも知れないと思うレナード。
(切っ掛けと言うものは、それこそ本当に些細な事から始まるのも珍しく無い)
意外な所でそう言ったものがもしかすると見つかるかもしれない。見つけられるなら、それこそ自分は何だってしてやる覚悟で挑むつもりだった。
何が切っ掛けになって重大なヒントに繋がるのか。
その切っ掛けを見つけるべく、レナードはまず時間の許す限り眠り続けた。




