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9.フランケンシュタイナー

 路地の奥で見たものは、あっけない幕切れであった。

(うわ……)

 冷静沈着なレナードですら思わず絶句してしまう程の光景が目の前で繰り広げられる。

 アンリを連れて行った4~5人の集団は、リーダー格の男がアンリにノックアウトされる所から始まった。

 一瞬で男の肩組みを振りほどいたかと思えば、その振りほどきによって若干よろけた男の股間に容赦無い蹴り上げを見舞わせてしまう。

「ぐうお……がは!?」

 前のめりになった男の顔面に全力のパンチを食らわせてぶっ飛ばし、これでノックアウト。

 リーダー格がやられて一気に色めき立つ他の荒くれ者達だが、その人数差に全く動じる事無くアンリは果敢に応戦して行く。

(速いだけじゃ無く、1発1発が重いんだろうな)

 アンリは体格が良いせいもあってか、パンチ1発やキック1発が威力があるのが離れて観戦するレナードにも良く分かる。


 更にこの狭い路地の中でもしっかりと相手の攻撃を回避して反撃に出る。

 荒くれ者達はロングソードやナイフ等の武器を持ってアンリに立ち向かうが、それでもアンリは軽々といなしてしまう。

 その光景に唖然とするレナードの死角から、1番最初にノックアウトされてしまったリーダー格の大男が近づいて来て素早くレナードを羽交い締めにした。

「ぐぅ!?」

 20cm程の身長差がある為に地面からレナードの足が離れてしまう。

 完全に油断していた自分を恥じながらも、これでもプロ格闘技経験者の端くれであるレナードは素早く反撃に出る。

 プロレスは何でもありなので、上流階級出身のレナードでも荒っぽい技を使う事が多い。

 まずは拘束している男の二の腕に思いっ切り噛みつく。

 噛む力は成人男性でおよそ70kg。

 それにプラスしていきなり噛みつかれた事で男の拘束が緩んだのを見計らい、地面に着地したレナードは垂直にジャンプして男の顎に頭突き。

「がへ!?」


 人間の正中線上に位置している顎にまともに衝撃を食らい、一瞬男がふらつく。

 そんな男に向かってレナードはジャンプ。

 男の肩に手をかけて一気に首に足を絡める形で飛びつき、自分の身体を捻った勢いで相手の身体を地面へと引き倒すフランケンシュタイナーが決まった。

「ぐぁが!?」

 意識が飛びかけていた男はまともに受け身も取れずそのままレナードの思惑通りに地面へと倒されてしまい、レナードはレナードでフランケンシュタイナーの勢いを利用して腕ひしぎ十字固めへと持ち込む、非常にオーソドックスなスタイルで男の腕を折る勢いで力を込める。


「い、ぐ、ぁ、あああっ、がああっ!?」

 右腕に走る激痛に男が叫び声を上げながら逃れようとするが、レナードの固め技は的確に行われている為にどう足掻いても抜け出せそうに無かった。

 ここから先をどうするかレナードはこの状態のまま考えてみるが、その前にストップがかかるのが先だったらしい。

「良し、あんたの役目はもう終わりだ。後は俺に任せておけ」

「……え?」

 何時の間にか服の汚れを払ったアンリが固め技をかけるレナードの元にやって来て、懐から取り出した手錠で男を後ろ手に拘束する。

 レナードはそれを見て立ち上がり、自分も白い軍服についた汚れをパンパンと手で叩いて払った。


 路地の奥を見てみれば肩で息をしながら壁に沿って座り込んでいる者、横たわって呻き声を上げている者、更には足の関節が明らかにおかしな方向に曲がっており、その部分を抑えて苦しんでいる者が居た。

 どうやら、アンリ1人でこれを全て片付けてしまったらしいのである。

 そんなアンリはリーダー格の男を地面に押さえつけたまま、レナードの方を向いて感心した声を上げた。

「あんたもなかなかやるじゃないか。一部始終ではあるが、この男を地面に引き倒した所を俺はしっかり見せて貰ったよ」

 褒められて嬉しく無い訳では無いのだが、あんたの成し遂げた功績に比べれば小さなものだろうとレナードは内心で思う。

「恐れ入ります。しかし……貴方はどうやら一般市民の方では無さそうですね」

「あ……やっぱりバレちまった?」


 そりゃそーだよなーとアンリが呟いたその瞬間、バタバタと慌ただしい足音が表通りの方から聞こえて来た。

「援軍が来たみたいだ。あんたも俺と一緒に来て貰うぜ。どうせ案内したいと思っていた場所は今から行く場所だったからな」

「は、はい!」

 アンリが言っている行き先もイメージ出来るのだが、今の自分にはこのアンリしか頼れる人間が居ないのだと思ってレナードは素直に着いて行く事にする。

(それにしても、まさかここまで来て私のプロレスの経験が活かされる事になるとは……)

 表舞台から降りてしまったとは言え、元はプロのレスラーであったし何より軍でも前線勤務を希望していた。

 しかし、いざ自分がこうしてリングの上では無い場所で戦う事になってみると何だか複雑な気持ちになってしまう。

(それでも、これは私自身が望んだ事なんだ)

 前線で戦う事が出来て納得はしている。

 それなのに、この得体の知れない複雑な気持ちが湧き出て来るのは一体どうしてなのだろうか?

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