10.ここって地球なのか?
何とかケルベロスの脅威から逃れる事に成功したジェイヴァスだが、まだまだ油断は出来ない状況である。
今のケルベロスの様な獰猛な動物がこの山に生息しているのが分かった以上、またこうして襲われる可能性は高い。
しかもそれ以前に、あの斧を持っていた男や槍使いの女が自分を追い掛けてここに向かっているだろうとジェイヴァスは考える。
(って事は、さっさと山を下りちまった方が良いみてえだな)
だが、この満身創痍の身体で下りて行くのもまた危険なので少しだけ休憩だ。
(あー、俺も歳かな……)
もう今年で40歳のジェイヴァスは、スタミナや反射神経を衰えさせない様に軍のトレーニングでほぼ毎日鍛えているとは言っても、老化と言う全ての生物が持っている自然現象には逆らう事が出来ない。
幾ら凄いと言われている人物だって、死ぬ時は死んでしまうのが世の常だからだ。
(けど、俺はまだまだこの地球でやる事があるんだよ。こんな場所で死んじゃあいられねーっつの)
そこまで考えてふと気がつく。
(……この、地球?)
あの最初に出て来た場所からずっと思っていた事。
それが、身体を休ませている今の状況でジェイヴァスに疑問として一気にやって来た。
そもそも、ここは本当に地球なのだろうか?
(……あれ?)
さっきの崖下に落っこちて行った、あの3つの首を持っていてしかも火を吐く大きな動物。
その前に見かけた、山の途中で息絶えていた同じ動物。
最初の変な場所で襲い掛かって来た槍使いの女。
その変な場所の中に仕掛けられていた幾つものトラップ。
斧を構えてこっちに向かって来ていた紫の髪の男。
自分が最初に立っていた、あの変な場所の部屋。
そして、あの謎の強い光。
今までの事を振り返ってみた時、疑問がとうとう確信に変わった。
(この山は……いや、この世界は……地球じゃ、無い?)
その最悪のパターンが自分の現状となっているのだと、ジェイヴァスは疲れた身体や汚れだらけの軍服、そして傷だらけになっているであろう軍服の下の素肌を想像して確信してしまった。
頬をつねって確認する必要はもう無い。
今までの追い掛けっこや危機的状況で、嫌と言う程この場所もこの世界もハッキリとした現実であると認識する事が出来ているからだ。
(おいおいおい待て待て待て、だとすれば、俺は相当ヤバイ状況になっているって事だよなぁ!?)
この山は一体何処なのだろうか。
崖から落ちたさっきの動物は?
あの襲い掛かって来た女を始めとした集団は?
不思議な光は?
「……ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!」
余りのショックに雄叫びをあげてしまうジェイヴァスだが、こんな展開になればそうしたくもなってしまった。
だが、すぐにハッとして辺りを見渡しつつ口を黒い手袋に包まれた手で塞ぐ。
さっきのケルベロスと同じ様に、この山には野生動物がまだ多数生息しているだろう。
それに何よりも、あの上の変な場所からあの女や男が自分を探して下りて来ている筈だとジェイヴァスは考える。
(だったら、こんな所で何時までも休んでいる訳にもいかねえぜ)
大声を出して自分の存在が気がつかれてしまうのはまずいと考え、まずはとにかく麓まで下りる事を優先にして、ジェイヴァスは再びその疲れと傷でボロボロになっている身体を動かし始める。
(こんな所で負けてたまるかよ!)
訳の分からない場所で死ぬのだけは絶対にごめんだ。
まだ結婚もしていないしそもそも恋人だって居ない身だと言うのに、誰にも看取られずに1人で死んでしまうのだけは絶対に嫌だ、と言うその強い決意を胸にして。
今でも趣味で登山やスキー等に行く事はあるのだが、若い頃と比べるとめっきりその回数は減ってしまった。
思えばロシア軍でも登山訓練で冬の山に登ったりした事があるので、その時にかなり足腰やバランス感覚も鍛えられたとジェイヴァスは思い返していた。
(麓まではまだまだありそうできつそうに見えるがな。かと言って、俺だって1人の軍人なんだよ! ロシア軍は世界最強の呼び声も高い。しかも俺は陸軍の歩兵部隊所属なんだ。こう言う山での活動は山岳部隊の専門だがな、歩兵部隊だってそれなりの訓練を積んで来てると俺は自負してる。だからこんな所で……こんな世界で死んでたまるかってんだ!)
苦手な勉強に死ぬ程チャレンジして士官学校の試験を突破し、一応ではあるが少佐の地位にまでやって来たジェイヴァス。
最初は自分が前線でもっと戦えると思っていたのだが、さっきまでのケルベロスとの戦いを通して実感した事があった。
(体力のピークって奴か。もう俺もやっぱり歳なんだな。だったらさっきの考えは撤廃だ。軍の若手達に俺の後継者の座を託すしか無いだろう)
その為にも絶対に元の世界に帰ってやると言う意気込みで、ジェイヴァスは登山道をひたすら下りて行く。
幸か不幸か、はたまたその意気込みが天に通じたのかは分からないが、小さな野生動物を見かける事はあってもあのケルベロスの様な大きな動物を見かけずに休憩を挟みつつ麓まで下り切る事に成功したのである。