48.悔しいものはやっぱり悔しい
今度はクリスピンがロングソードを振り被って来るのが視界に入ったロシェルは、その振り被って来たロングソードを持つ彼の右手を自分の左手で押さえてブロックする。
「ぬん!」
クリスピンはブロックされたその右手を引きつつ自分の左手でロシェルの左手を叩き落として、もう1度同じモーションでロングソードを叩き付けるが、今度はロシェルに両手でブロックされた。
それならば……と一旦ロングソードを後ろに引きつつ、引いたその勢いで右回りに回し蹴りを右足で繰り出す。
「っ!」
ムエタイの避け方はボクシングと変わらない。
上半身を後ろに大きく反らすスウェーでその回し蹴りをしっかりとかわして、その回し蹴りのモーションから立ち直り切れていないクリスピンに一気に近付いた。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!!」
クリスピンは胸に防具として胸当てをつけている為に、胸への打撃では意味が無いどころか自分の方にダメージが来てしまうと考えたロシェルは、まずブーツを履いているその足目掛けてムエタイ仕込みのローキックを連続でヒットさせる。
「ぐっ……う!?」
幾ら騎士団長と言う肩書きを持っているクリスピンでも、日頃からローキックのトレーニングをするムエタイ選手のそのローキックの威力には流石に苦痛に顔を歪める。
合計10発程のローキックをクリスピンの左足に叩き込み、彼が怯んだ所をチャンスと見て更にロシェルはクリスピンの懐に突っ込む。
そこからムエタイの名物と言っても過言では無い位の、首相撲からの膝蹴りに移行する。
これが無ければムエタイでは無いと言われる位であり、地味ながらも実は非常に高等なテクニックの応酬が繰り広げられるものだ。
相手の襟首に腕を回して強く抱きつく体勢になり、そこから相手のみぞおちを始めとする腹部や太もも等を膝で蹴りつける。
クリスピンの胸部を覆う胸当てを視界に収めながら、ロシェルは膝蹴りならばこっちのものだと確信したので、そのガードが無い部分の腹筋部分や太もも、脇腹を狙う斜め膝蹴りで的確にダメージを与えて行く。
首相撲には首相撲なりの身体の使い方があるので、ここでもムエタイでその首相撲のトレーニングを嫌と言う程して来ているロシェルがペースを握る。
クリスピンも必死にそのロシェルの首相撲から逃れようと、上半身と背筋と首の筋肉を使って抵抗するがロシェルも1歩も引こうとしない。
ここまで来たら最早、我慢比べの領域と言えるだろう。
だけど、その我慢比べにも限界が訪れる。
「……ぬぁあ!!」
全身の力を背筋に込める位の勢いで、クリスピンはロシェルの首相撲から抜け出す事に成功した。
その抜け出した勢いそのままに、目の前のロシェルの軍服の肩からぶら下がっている金色のヒモ飾り……正式名称は飾緒を鷲掴みにしてグイッと引っ張る。
「うお……!?」
引っ張られた勢いでロシェルはクリスピンに自分の意思とは関係無しに突っ込む事になり、反応がワンテンポ遅れる。
その反応が遅れているロシェルの腹目掛けて、さっきの首相撲のお返しとばかりにクリスピンは刃の部分を自分の右肩の上に通す。
つまり、右手のロングソードの柄を相手に向ける様にして柄を持って、その柄頭でロシェルのみぞおちと心臓に1発ずつ殴打を入れた。
「ぐえ!!」
武器を使ったまさかの攻撃にロシェルは一瞬息が詰まる位のショックを受ける。
当然、ロシェルには大きな隙が出来てしまったのでそこを見逃すクリスピンでは無い。
素早くしゃがんで姿勢を低くし、足払いを繰り出してロシェルの足をクリスピンは弾き飛ばした。
「うあ!?」
背中から地面に倒れてしまったロシェルの目の前には、オレンジ色の焚き火の灯りに照らされた夜の闇の中で不気味にギラリと輝くロングソードの刃先があった。
「お前の負けだ、異世界の軍人」
あの時のコラードとの手合わせの時と同じ様に、クリスピンの宣言によってロシェルの負けがこの時点で決定してしまった。
(……また、俺は負けたのか……)
最初の路地裏ではあの謎の集団から逃げ切る事が出来ずに捕まってしまい、2度目はコラードとの手合わせで手痛い敗北を喫して、そして今3度目の負けをこのクリスピン相手に味わう事になってしまった。
自分はここまで弱い実力だったのか、とロシェルは悔しさから白い手袋に包まれた右の拳でドンっと地面を1度殴りつける。
思い返してみれば、地球でムエタイをしていた時は3回に1階は勝つ事が出来ていたのにこの異世界にやって来てからは1度も勝った事が無い。
(くそっ……くそっ……!!)
14歳からムエタイを初めてもう15年。そして軍隊格闘術も一緒に習得して、自分の強さには1人の軍人として、そして格闘家として少なからずプライドをロシェルは持っていた。
そんな格闘家としての実績に裏打ちされていた筈のプライドが、このエンヴィルーク・アンフェレイアと言う見知らぬ世界にやって来てから1ヶ月もしない内に完膚無きまでに粉々に打ち砕かれてしまった。
その悔しい思いは手合わせの後もずっと消える事は無く、自分が眠りについても睡眠の妨げと言う形でロシェルを苦しめ続けながら朝を迎えさせるまでに至ったのだった。