42.セキュリティって何?
「調べ物は順調か?」
「……!!」
後ろから突然掛けられた声に、ロシェルはビクッと肩を震わせる。
それと同時に声を掛けられた後ろを振り向きつつ目線を下げれば、鈍く光る鋭い刃先が己の喉元に向かって寸分の狂い無く突き出されているのが見える。
その声には物凄く聞き覚えがあった。
「だ、団長……」
「どうやってここに侵入した? ここで何をしている? まさかあの魔術の侵入者対策を潜り抜けて行くとは思いもよらなかったがな。答えなければこのまま喉を突き刺すぞ。言え!」
目の前に立つクリスピンは、警戒心をマックスにした隙の無い態度でロングソードの刃先と同じ様な鋭い視線をロシェルに向ける。
「……埒が明かないと思ったんです。ここなら、何かヒントが見つかるんじゃないかと思った」
「地球に帰る為の……か?」
ポツリとそう口走ったロシェルに、半ば反射的にクリスピンは聞き返す。
「そうです。上の書庫に置いてある本を幾ら探してみても、何1つ地球に帰る為の手がかりなんて見つかりそうに無かった。だから申し訳無いとは思っても、ここの機密情報が載っている本が山程置いてある書庫を見せてくれって頼んで見せてくれる様な人じゃないですよね、クリスピン団長は」
その言葉にクリスピンのロングソードがロシェルの喉ギリギリまで突き付けられる。クリスピンがもしこのまま1歩前に踏み出せば、その時点でロシェルの喉がロングソードの刃によって貫かれる事になってしまう距離だ。
「だからと言って、貴様が魔術の防犯装置を潜り抜けて黙ってここに侵入した事はれっきとした犯罪行為だ。そもそも、どうやって貴様はあの防犯装置を潜り抜けたんだ?」
「え?」
どうやって……と言われても、ロシェルはさっぱり訳が分からない。
「潜り抜けたって言うか……普通にここに入って来る事が出来ましたけど?」
「何だと? そんなバカな!?」
冷静な性格のクリスピンが珍しく感情を露わにしてビックリするのを、その目でしっかりとロシェルは見た。
「そう言われましても……普通に柵を越えてドアを開けて、階段を下りてそこのドアを開けて、そしてここに来たんですよ。ってか、そう言うクリスピン団長こそ仕事は如何したんですか? 今日は凄く忙しいから、俺と一緒に作業出来そうに無いって言ってましたよね?」
しかし、そのロシェルの疑問に何やら考え込んでいたクリスピンは真顔に戻ってロシェルを再び見据えた。
「仕事が思いの他早く終わってな。お前の様子を周りの人間に聞いてみれば作業を終わらせて上の書庫に向かったと。そしてこの書庫に来てみれば、お前の姿が見当たらないって事でちょっとした騒ぎになっていた。そこでひょっとしたら……と魔術師に頼んで防犯の仕掛けを解除してここに来てみれば予想が当たったと言う訳だ」
そう言いながら、クリスピンは右手のロングソードを油断無く向けたまま次の指示をロシェルに出す。
「さぁ、会話はこの位にして上へ戻るぞ。どうやらお前にはもっと厳重な監視をつけなければいけないと言う事が分かったからな」
指示に従わなければ容赦はしないとばかりに、ロングソードを突きつけたままアゴをクイッと動かして移動する様にロシェルにジェスチャーで指示をする。
だがロシェルはまだ諦めようとしない。
「……お願いします、ここの本を見せて下さい」
何とかここまで辿り着いたのに、このまま引き下がってのこのこと出て行く訳には行かなかった。それだけのリスクを犯してまでここに来た意味が無いのだ。
そんなロシェルの申し出を、クリスピンは苦笑いしながら一蹴する。
「今の状況で良くその様な事が言えたものだな? 少しは恥を知ったらどうだ。自分の立場を理解していない訳ではあるまい?」
そんな言葉を投げ掛けられても、ロシェルの目はまだまだ死んでいない。
「確かに俺はここの書庫に無断で入りましたし、まだあの爆発事件の容疑だって晴れていません。それに軟禁されているのと同じ待遇ですから俺の処遇はクリスピン団長や大公閣下の決断1つで如何にでもなるって訳ですよね」
「良く分かっているでは無いか。だったら立場をわきまえて」
「けど!!」
クリスピンのセリフをさえぎって、ロシェルの大声が地下の薄暗い書庫に響いた。
「俺が何故、こんなリスクを犯してまでここにやって来たか分かりますか。この書庫に、今みたいな状況になる事も想定した上で……それでも俺はこうしてここまでやって来た。一体何故か分かりますよね?」
逆に問い掛けられたクリスピンは一瞬呆気に取られた様な顔をするが、すぐに冷静さを取り戻して答えをその口から吐き出した。
「地球に帰る為にどうしても手がかりが欲しい。私にこうして剣を向けられても、殺される覚悟をした上でお前はここの本を見たい。つまり、それ程までにお前はこの世界から地球に帰りたいと言う事だな?」
「そうです。そうじゃ無かったら俺はここまでしていませんよ!」
ロシェルのそのセリフを最後に、書庫に沈黙が訪れた。