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バムが物資を回収するために走ってワゴンを停めた場所に戻る際、メリスはじっくりと煙草を楽しんでいた。
バムとしては気分のいいものではなかったが、今回はメリスが一番の功労者であるため、少しは楽をさせてやってもいいだろう。
20分ほどかけて、ガソリンスタンドの前にバムはワゴンを停めた。
そして、二匹は白いワゴンの荷台に機関銃を積もうと、力を合わせ二匹で運んでいた。
機関銃はなぜ動くのかも怪しいような古い型で、弾薬だけは豊富にあったが、これでは整備を施さなければ、真っ当に交換できるような代物にはならないと、メリスは一見して言い切った。
だが、短機関銃の比ではない量の弾を、強力に吐き出せる銃器はとても価値がある。
きっと山羊面の元へ持ち帰れば、修理などで消費する部品の事を考えても、十分にお釣りがくるほどの価値はある筈だ。
「いやに重いぞ」
「撃たなければ、鉄屑同然だからな」
二匹は不平を言い合いながら、なんとか小さい体に力を込め、えっちらおっちらしながらも、どうにかワゴンに乗せた。
「しかし、本当に古い銃だな。水冷式なんて久しぶりに見た」
「水冷式?」
「あぁ前線にいた時に見た型だ。銃身の熱を周りに覆ってあるタンクの中に水入れて冷すんだよ。撃ち切ると熱湯になっているからな、代用珈琲飲む時には便利だったよ」
ワゴンにその古い機関銃を乗せ終わると、メリスは懐かしそうに軍隊時代を思い出しながらバムに言って聞かせ、タンクに入れる水がないときは小便を代用してそれを と何か言いかけてバムに下衆な笑いを浮かべ、会話を切った。
しかし、機関銃は予想外に大きかった為、銃身は後部座席の窓からはみ出ていた。
そして、次に二匹はもっと軽い物資を再びガソリンスタンドに戻って漁り始めた。
サイコ野郎だった老人が着込んでいた血と穴だらけとなった迷彩服は、選択し縫い合わせれば再び着ることができそうだとワゴンに乗せ、同じく哀れな少女の衣服も容赦なくワゴンに乗せた。
「きっとこの爺は人攫いに違いないな。変態野郎め、人は人としてればいいんだ」
老人の着ていた迷彩服のポケットに入っていた万年筆やメモなど全て剥ぎ取り、みすぼらしく裸になった老人の遺体を外に二匹がかりで外に投げ捨てると、メリスは憎々しげに遺体を見て言った。
「そういえばこの爺、迷彩服の模様から見て、人類戦線の奴か?」
遺体を見下ろしながらメリスはバムに聞いてきた。
バムは先ほど積み込んだ迷彩服の模様を思い出し、静かに頷いた。
「敗残兵だろうね。ここら辺は解放戦線の勢力が強いからね。数ヶ月前に獣人戦線と一時的だが、共同でここら辺から人類戦線を追い出したってカヅリから聞いたよ」
バムはメリスから煙草を貰い、マッチで火を点けた。
紫煙が辺りに漂い、異臭を少しだけだが和らげる。
前時代に幾度か世界を巻き込む大戦が巻き起こったと、放送で何度か聞いているが、それは現在においても進行中だ。
しかも前時代の大戦より、遥かに複雑なモノになったといっていい。
宗教問題や民族間の問題も勿論の事だが、それに加えて、様々な人ならざる姿である獣人という大量の新しい種族の台頭によって、前時代の世界に勢力図は激しい混乱をもたらした。
今までの人類社会が全く通用しないような、獣人社会が世界各地で発生したのだ。
肉食獣人が草食獣人を食べるような一種のカニバリズムが、平気でまかり通るような地域も多く、また世代を重ねていくうちに、様々な獣人の要素を兼ね備えた異形の獣人も生まれ、更に人語は解せるが、既に2本足で立つこともままならず、姿が完全に獣となった者もいる。
その様な前時代の常識も法も全く通用しない獣人社会に対して、強い脅威を感じ、排除しようと前時代の末裔たる人類が必死になるのは至極当たり前のことだろう。
だが、獣人も元を辿れば同じ人類であるのだ。
二つの遺体はそのまま放置しておいても良かったが、一応の情けだとメリスとバムはワゴンからスコップを持ち出し、少女にだけ墓穴を掘ってやることにした。
「近くの村の子共かな」
「さぁな遠くからさらってきたのかもしれねぇ。日記の最初にはもっと遠い地方の村で出会ったとか書いてあったが、爺の妄想に付き合いきれねぇ」
少女の体が小さかった分、適当な深さの穴はすぐに掘ることができた。
埋葬するには遺品である衣服を着せておきたい気もバムはしたが、あの衣服は死者ではなく生者に着るに相応しいと思い、何も言わず土をかけた。
小さな墓が出来上がる頃には、陽は既に二匹の真上にあった。
戦闘の興奮などとっくに冷めていたが、改めて回収も一通り終わると、腹が空いてきた。
遺体がすぐ近くにある場所で昼食など、前時代の連中はきっと嫌がるであろうが、バム達にとってはある意味、日常的光景と言えた。
先程まで血まみれの銃撃戦が繰り広げられた現場とは思えないほど呑気に、二匹は適当な缶詰数個と炭酸飲料を持ち込み、適当に食事をとった。
物を食べている間は夢中だったせいもあってか、死臭など気にしなかったが、食べ終わると満足げな表情を異臭が崩すのだった、
食事が終わると二匹はガソリンスタンドを出て、素早くワゴンへ乗り込んだ。
死臭が漂うような場所にこれ以上長居する必要はないだろう。
バムはガソリンスタンドには目もくれず運転席に乗り込むと、アクセルを踏み込んだ。
「なぁそろそろ帰らないか?」
メリスが老人から奪った煙草の本数を数えながら、バムに話しかけてきた。
ガソリンスタンドの周辺道路は多少整備されていたが、しばらく進むとまた再びジャングルの様な道路になってきた。
車体は再び揺れ始め、バムは木々にぶつからないようにとハンドル捌きに夢中になる。
「まだ明るいよ。それに今帰ったら山羊面怒るぜ」
「確かに明るいうちには帰ってくるなとは山羊面に言われたが、これだけの物資を持って帰るんだ。山羊面の奴、優しく抱きしめてくれるぞ」
メリスは明るく言ったが、バムは彼の方を見もせずに返した。
「駄目だよ。奴は時間には厳しい、日が変わるか深夜にでも戻らないと、ライフルぶっぱなされて追い返されるよ」
それを聞くとメリスは確かにそうだなと、つまらなそうに煙草にまた火を点けた。
バムとしてもできることならさっさと戻って、今夜は柔らかいベッドの上で寝たいが、残念ながら相棒と一緒に、固いシートの上で今夜は寝ることになるだろうとバムは溜息をついた。
せめて車内以外で眠りたい気分だった。
日はまだ高いが、それと反比例してバムの気持ちは沈んでくる。
気を紛らわそうと思って、メリスから煙草を一本貰って吸ったが、ちゃんと葉が詰まった煙草はメリスが先に吸い尽くしてしまったらしい。
バムは煙草の味にうるさいわけではないが、それでも葉がろくに詰まっていないスカスカの煙草は味気なく、より一層気分を沈ませるのだった。
だが、バムは気が沈んでいるが、対照的にメリスはまだ煙草が残っている分機嫌が良さそうだった。
メリスはバムと比べれば、遥かに楽天的な奴で今満足できるものがあれば、その先がどうなっていようと関係無いと言うタイプなのだ。
だが、寧ろその方が良いのかもしれないとバムは時に思う。
前時代の人類とはきっとそうだったのだろう。
そう思えば相棒の外見はチンパンジーであるが、人間らしいといえば、これほどまで人間らしい獣人もいないかもしれないと、バムは少し可笑しくなった。