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 室内を火薬の匂いが満たし、それをメリスの鼻腔をつく、数十秒かそれとも数分間メリスは部屋の入口から動くことができなかった。

 隙を見せたら撃たれるという、ある意味強迫観念じみたものが、その場を去ることを許さない。

 メリスはもう一度深呼吸をして、部屋を見回した。

 先程から、何度も何度も見回してはいるが、何者かが隠れているような箇所は見当たらない。

 だが、確実に相手がどこかに潜んでいると言うことだけはわかっている。

 自分は犬獣人の様に鼻が長けているわけでもないが、犬共には嗅ぎ取れないだろう匂いを経験の長い同業者は感じ取れるものだ。

 もしかしたら、危機を感じて窓から逃げたのかもしれないが、窓は乱暴に開けられた様子はないし、かといって丁寧に閉じる時間は与えなかったはずだ。

 何処かに相手は潜んでいる。

 きっと、メリスが諦めて背を向け部屋を去った時を狙っているのだろう。

 一体どこへ潜んでいるのかと、メリスは息を整え、またもや部屋の中を見回した。

 何度も繰り返していたことだが、ここでふと気付いたことがあった。

 部屋内はろくに掃除もされていない様子で、床には埃や塵が積もり、きっと背後で崩れている老人の足跡であろう者が印となって床に表れていた。

 何故こうも簡単なことがわからずに数分も見回していたのか、メリスはおかしく思った。


 足跡を見ればすぐにわかったことではないか。

メリスは急に狂ったような笑い声を上げてテーブルを撃った。

 いや、正確にはテーブルが置かれている床の部分だ。

 テーブルや椅子が吹っ飛び、床に多数の穴が空いたと思えば、その床下からくぐもった悲鳴が聞こえた。

 ずっと窓やロッカーに注意がそれていたので気づかなかったが、床の埃などに目が行くとすぐにわかった。

 テーブルの下で影になって見えにくくなっていたが、床には線があったのだ。

 きっと床下収納か何かだろう、よくよく見てみればテーブルを動かした形跡が床にしっかりと埃が拭われてあらわになっている。

 メリスはその悲鳴を聞いて安心し、やっと落ち着くことができた。

 そして、隣の部屋へ戻ると外へ向かってバムを呼びかけるのだった。


 威嚇射撃を加えた後にガソリンスタンドから散弾銃特有の轟音が聞こえたとき、バムはメリスが突入したのだと知った。

 そして、その直後に再び施設内から銃声が鳴り響き、バムは木陰から身を隠しながらもそっと頭を少し出して、固唾を飲んで状況を見守っていた。

だが、その銃声が鳴り終わってからしばらく辺りは静寂に包まれていた。

手筈通りならば、事が終わればメリスがバムを中から呼び出すはずなのだが、それがないとは少しバムは不安になっていた。

だが、しばらくするとまた銃声が鳴り響き、それが終わると聞きなれたメリスの声がしたので、バムは安心して木陰から身を乗り出して、バムの元へ向かうこととした。


バムが裏口から入ると、呑気に煙草を吹かし、椅子に座ったメリスが目に入った。

一体どこで手に入れたのだろう、先程メリスはタバコを切らしてとても機嫌が悪そうだったが、今は満足したような顔で椅子に腰掛け、バムが入ってくるのを見ると、隣の椅子に座るように促した。


 「結構良いもん持ってたぜ」


 そう言うとメリスは嬉しそうに、懐から血糊がベッタリと付着した煙草の箱を取り出して、バムに自慢するかのように見せた。

 バムが何処から持ってきたのかと聞くと、部屋の隅を指差した。

 メリスの指の先には、血まみれとなった二つの遺体が並べられていた。


 「結構重かったんだぜ」


 メリスはさも疲れたように言うと、紫煙を室内に漂わせた。

 二つの遺体のうち一つは年老いた人の男と、もう片方は小さい猫獣人の少女だった。

 老人の遺体は迷彩服を着込んでいたが、きっと今、メリスが吸っている煙草が入っていたのだろう。

迷彩服にある多数のポケットが全て漁られている。

一方、猫の女の子は綺麗なもので、どこにも傷がないように一瞬見えたが、それは間違いで、よく見ると、ただ単に着ていた赤い服が、赤く流れる血を誤魔化していたに過ぎなかった。


 「親子か?」


 バムが怪訝そうに二つの遺体を眺めながら言った。

 今まで何度もこんな死体を作っては眺めているが、正直良い気分はしないものだ。

 別に悲しさを覚えたわけではない、発砲してきたのは向こうだ。

 こちらに非は無いはずだ。

 別にあったとしても謝る相手が死んでしまってはどうしようもないだろう。

 

 「馬鹿言え、年が離れすぎているし、種すら違うんだ」

 

 種は繋がっていなくとも、様々種族が乱れあう時世のせいもあり、時々親と子の種族が合わない親子を見かけることも多々ある。

 捨て子であったり戦災孤児であったり、場合は様々であるが、如何なる場合をおいても親がその子を愛している証拠なのだろう。

 そう思うと、少しバムの心の中で罪悪感のようなものが湧いて出た。


 「連れ子かもしれないぞ」


 バムが少女の遺体を眺めながらメリスに問うと、彼は返答の代わりに一冊の古ぼけた本をバムの前にチラつかせた。

 

 「なんだよ、それ」

 「サイコ日記さ、読んでみ、面白いぞ」


 愉快そうに紫煙を吐き出すと、メリスはその本をテーブルの上に置いた。

 試しに言われたとおりバムはその本を開いて、1ページずつ捲ってみた。

 バムはロクに文字が読めないのだが、その日記は変わった形で一日のできごと記していた。

 文字を書いてある欄と、スケッチでも書くのであろう空欄に分けられている。

 『絵日記』だとメリスはバムに言い、自身は短くなった煙草を床に捨て、火を床に擦って消火すると、もう一本箱から取り出し、きっとそれも殺した老人の持ち物であろうマッチ箱からマッチを一本取り出し、タバコに火を付けた。

 

 絵日記の1ページ目は兎獣人の少女が描かれていた。

 あどけなく笑っている少女が丁寧に描かれている。

 バムが次のページを捲ると、また同じ少女が書かれている、表情は相変わらず明るく、きっと今殺した老人だと思われる男と一緒に食事をしている姿が描かれていた。


 「なんだか、罪悪感を感じるな」

 

 バムがそう呟くと、メリスは何も言わず、煙草を口に咥えたまま外を眺めた。

 次のページも、そのまた次のページも、明るい表情で日常的な仕草をしている少女が描かれている。

 だが、バムはページを捲っていくうちに、描かれている物が何かが違うことに気づいた。

 さっきのページまで少女は兎だった筈だ。

 それが何故だか、栗鼠に変わっている。

仕草や表情はどのページも大体同じなのがある意味異様だった。

 そして、何度かページを大まかに巡っていくと、綺麗に描かれた少女がまるで、得体の知れない奇怪な化物に変貌し続けているかのように、種が変わっていくのだ。

 兎から栗鼠へ、栗鼠から鼠へ、鼠から羊へ、羊から山羊へ、めまぐるしく少女の姿が変わる。

 だが、仕草や表情は変わらない、いや、同じだ、どの絵も同じように描かれているのだ。


 「俺たちが座っている床下収納にそこの猫はいたよ」


 メリスは外を見たまま、バムに話しかけているのか、それとも呟きなのかわからない声音で言った。


 「俺もさっきはバムの言うとおり、親子か何かだと思ったんだがよ。撃ち殺して、床下から引っ張り上げて気付いたんだが、その猫、猿轡かまされてたんだぜ。おまけに手錠も、しかも床下収納の戸には鍵が掛けてあったよ」


 バムはもう日記を見たくなかった。

 だが、好奇心に負けて結局日記の最後まで捲った。

 日記の最後に書かれたページには、横で転がっている遺体とそっくりな少女が、明るい笑みを浮かべた姿が描かれていた。

 それを見た途端バムは思わず日記を投げ捨てた。


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