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『ガソリンスタンド』。本来なら今バム達が乗っているワゴンに給油できる場なのだが、果たして燃料を置いてあるのだろうか。
前時代ならばいざ知らず、まともにガソリンなどを補給できるガソリンスタンドは希な存在だ。
細菌戦争によって起こった急激な人口減少は、輸送機関にも壊滅的な損害を与え、そもそもその施設を維持する者自体がいなくなってしまった場合の方が多い。
その為、ガソリンがあればいいが、酷く劣化していた場合には、迂闊に補給には使えそうにない。
だが、それ以外のもので何かめぼしい物資があれば、調達しなければならないのが回収業者の仕事である。
看板をしばらく眺めて、この先数百m先にあるということを確認すると、二匹はワゴンに取って返し、装備を整えることにした。
ワゴンのリアドアを開けて、何も入っていないリュックに何か適当に施設に住民がいた場合には交換できるよう物資を詰め込み、また廃墟であった場合は軽く物資が入れられるようバランスよくスペースを確保して、バムはリュックを背負い込んだ。
一方、メリスはもう反対側のリアドアを開けると、宣伝用の拡声器を取り出した。
拡声器からちゃんと音が出るか確認すると、それをバムが背負っているリュックの中に後ろから詰め込み、自分は助手席と運転席へ転がり込み、自分の得物である散弾銃とバムの短機関銃と拳銃を取り出して、それ等をバムに手渡し、散弾銃を背負った。
先程まで二匹はよく喋りあっていたが、準備を初めてからはお互い一言も言葉を発しない。
そして、少し目配せをすると二匹は道路脇の背の高い草むらへ入り、身を隠しながら静かにガソリンスタンドへ向かって前進を始めた。
しばらく草をかき分け進んでいくと、ガソリンスタンドと思わしき施設を遠目に発見した。
道路の脇にその施設はあり、車は停まっていない。
錆び付いたガソリンスタンドの看板が目に入る。
前時代にはチェーン店として、各地方にあったのだろう。
バムは以前に、同じような色合いのこれと同じ看板を見たことがあった。
以前見た施設は一応、ガソリンを補給することができて、屈強な熊の従業員が常にバム達の入れ逃げを防止するために、ずっと給油している際も横で突撃銃を構えていたので、嫌な意味で印象深く記憶に残っていた。
施設に住人がいるかどうかは今バムがいる草むらの中からでは把握できない。
だが、施設の周りに比較的最近に捨てられた空き缶や瓶など多数のゴミが確認できるので、住人がいる可能性は高い。
しかし、問題はその住人たちがこちらに対して友好的か好戦的かどうかだ。
中には回収業者と言うだけで、持っている物資を奪おうと発砲してくる危ない連中もいる。
その為、バムたちが堂々と道路を歩き、そのガソリンスタンドに入ることはしない。
施設からは視認が難しい、草むらの中に身を隠しながら接近するのだ。
二人は草むらの中で伏せながら、遠目にガソリンスタンド内で人の移動がないか観察していた。
だが、人影は見えない。
いないのならいないで、バム達にとっては助かるのだが、迂闊にのこのこ草むらから出て行って撃たれたくはない。
もし、こちらが道路に出てきた際に友好的に接しようと、建物から出てくるのなら問題はない。
要はガソリンスタンド内に誰かいるかいないかを先に確認しなくてはいけないのだ。
その為に、バムはメリスの隣で、草むらの中伏せたままリュックから拡声器を取り出した。
それと少し遠くからでも拡声器から声が出せるように、マイクとコードも取り出し、拡声器に慣れた手つきで素早く正確に接続する。
そして、その間にメリスは散弾銃を携えてガソリンスタンドの側面を目指し、草むらを這いながら進んでいった。
ガソリンスタンドの周りには道路以外、背の高い草むらが広がっており、一度草の映えていない道路に姿を晒さねばならなかったが、メリスはその危険に躊躇することなく、道路脇に生えた木々の木陰を利用し、その薄暗い中に己の黒い毛を同化させ、道路を静かに横断した。
そして、悠々とガソリンスタンドのある側の草むらに入っていき、草を大きく揺らしガソリンスタンド内から悟られないように注意をして、なんとか裏口と思わしき戸の近くまで接近することに成功した。
接近に成功したかどうかはバムには離れていてわからないが、銃声も声も聞こえないとなると成功したらしいと判断した。
バムはガソリンスタンドの施設内からでも見える草むらの切れ目に、わざと見えるように拡声器を設置し、自身はマイクに接続されたコードを数メートル離れた位置まで引っ張っていき伏せ、リュックから山羊面から以前に渡された武装回収車の文句が書かれているメモを取り出した。
そして、一度深呼吸をして、マイクをしっかり口に押し当て、メモにかいてある文を丁寧に読み上げた。
「回収業者・・・回収業者でございます。不要な物を、必要なものと、交換致します。」
その言葉を丁寧に何カ国事にいちいち翻訳し、バムは何度も読み上げる。
そして、バムの声に反応して拡声器がノイズを発しながらも、なんとか聞き取れる声を辺りに撒き散らす。
様々な外国語をバムは読めないのだが、話すことができるのがバムの中途半端なところであった。
メモには山羊面が書いた、汚いその宣伝文句しか書かれていない。
一体いつから喋れる様になったかはバムにはわからないが、カーステレオから流れる適当なラジオの放送を聞いているうちに喋れるようになった気がする。
様々な獣人が存在するが、その中でも知能が特に発達した種も世代を超えると顕著に現れてくるもので、バムの様な猿の類は比較的、人類の面影を残している場合が多いのである。
だが、そのノイズ混じりの拡声器から撒き散らされる声は、乾いた発砲音によってかき消された。
バムは音に素早く反応し、即座にマイクを投げ出して、地面に体を押し付けて伏せた。
発砲音は数秒間立て続けに辺りに響き渡り、バムから数m先の拡声器に数発命中した。
拡声器はもう声を撒き散らすことなく黙り込んだが、それでも発砲音は鳴り止まない。
バムはしばらくその場でじっとしていたが、発砲してきた者に対して反撃しようと、這って壊れた拡声器が置いてある位置からから匍匐で移動した。
バムの茶色い毛が迷彩の役割を果たし、発砲者はバムの存在を確認することができずに、執拗に拡声器を置いた位置に射撃を加えている。
発砲音がする度に、拡声器近くの地面が土煙を上げているのがわかった。
拡声器を置いた位置から離れたところにある木陰で、身を隠しやすい位置からバムは顔だけを出してガソリンスタンドの方を見た。
本来はガソリンスタンドの従業員が休むのであろう施設の窓から、火点らしきものが確認できる。
どうやら先程まではうまく隠していたらしい、時折発砲しては拡声器の辺りから動きがないかと警戒しているようだ。
相手が同業者にしろただの民間人にしろ、先に発砲するということは、己が撃たれても構わないということである。
バム達は何度もこの様な連中を相手にしてきたが、火点を要している奴らは希で、大体は貧弱な拳銃だ。
しかし、今ガソリンスタンドから撃ってくる連中はどうやら弾薬も豊富にあるらしく、執拗に拡声器の辺りに射撃を加え、手を緩めない。
それを見てバムは、命の危険よりも窓から射撃を加えている火点の重火器の価値に興味が湧いた。
機関銃のような重火器は重くかさばり、同業者の内でも使う者は少ないが、その圧倒的な火力は無視できないものがある。
きっと山羊面のところでは高額で取引してくれるに違いないとバムは火点を見ながら、捕らぬ狸の皮算用に勤しみつつ、裏口に回り込んだメリスの動向に気を配った。