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道路に生い茂った草は進むにつれ、その丈が徐々に短くなり、最終的には草が全く生えていない、まさに道路と呼んでふさわしい環境になってきた。
こうなってくると、今まで草や脆い樹木を踏み潰した際に起こる不快な振動や、音に悩まされることがなくなったので、バムは心地よくワゴンを走らせることができるようになった。
対する相棒は、クシャクシャになった煙草箱から、一本取り出し、シガレットライターで火を点けた。
すぐに社内に紫煙が充満し、バムは少々息苦しくなって、運転席側の窓を少し開けた。
相棒の重度の愛煙について、苦言を呈す事はない。
今のご時世、この紫煙が重度の毒ガスでないだけ、マシだと思わなければならないのだ。
「さっきからずっと吸っているが、これ不味いな」
ふと相棒が煙草を吸いながら、苦々しい顔をした。
今吸っている煙草の味が気に入らないらしい。
バムとしては贅沢言っていられるご時世でもないので、吸えるのならどんな銘柄でも構わないのだが、相棒は煙草にはうるさいらしい。
「それ、なんて煙草だい?」
バムは正面から目を離さずに相棒に聞いた。
黒い毛むくじゃらはどうやら今まで、煙草の入っている箱をろくに見もせずに吸っていたらしく、改めてズボンのポケットに突っ込んでいた煙草の箱を取り出して眺めた。
「山羊面煙草か、不味いわけだ。」
相棒はそう憎々しく言うと、バムに見えるように煙草の箱をチラつかせた。
煙草の箱は灰色のボール紙で出来ていて、よく見かける長方形の形をしているが、表面に書かれた文字や印は手描きらしく、インクが滲んでいて手作り感が溢れている。
そして箱の中央には、ワゴンにも描かれているふてぶてしい山羊の顔が書かれていた。
『ワイルドな毎日に潤いを!』と宣伝文句が書かれている。
「そんなに不味いか」
「不味いね」
この煙草は、バム達が乗っているワゴンを提供した山羊面が作った物だ。
たまに彼らに販売品であるこの煙草を売れ残った際にくれるのだが、どうにも相棒は箱に書いてある山羊面が不快なので吸いたがらないのだが、今回は運悪くそれしか持っていなかったようだ。
とすれば、バムが運転している最中彼がずっと吸っていた煙草は、その憎たらしい山羊面煙草なのだが、カーステレオから流れているノリの良い音楽は、彼の味覚を心地よく紛らわせてくれたようだ。
だが、ふとバムの前にちらつかされた箱の横に書いてある文字を見て、バムはハンドルを握ったまま、相棒に言ってやった。
「だけどその煙草は天然ものだよ」
「・・・急に旨くなってきたぞ」
そうバムに言われ、満足そうな顔になった相棒を見て、現金な奴だなとバムは微笑んだ。
確かに箱の作りも荒く、文字も汚い。それどころか、煙草の包み紙は古新聞を切って巻き、フィルターは吸う前から汚れているので、どうやら吸殻のフィルターを拾ってきて、それを伸ばし再使用しているらしい。
前時代のラジオ放送でリサイクル製品がどうとかなどと聞いた覚えがあるが、まさかこのふてぶてしい山羊面煙草がそれなのだろうか。
よく見れば箱の裏に、別の宣伝文句で『過去を燃やせ!』と書いてある。
きっと、煙草に使われている古新聞と使われたフィルターの事を指しているのだろうと思われるが、ひどいジョークもあったものだとバムは思った。
だが、そんな煙草を作って売りさばいている山羊面の下でバム達は働いているのだから、そうそう文句も言えない。
お世辞にも善人と言える奴じゃないが、少なくとも仕事に見合った報酬はくれるし、弾薬も必要物資として、少ないながらも提供してもらえる。
今時、銃が無ければ外にも出られない。
現に運転席側のドアに備えられた入れ物には、バムの愛用する拳銃と小さいながらも多数の弾丸を吐き出す短機関銃が収められている。
相棒の座る助手席の足元には、チンパンジーには少々大きいサイズの散弾銃が転がっており、散弾銃の弾薬は相棒のズボンに無造作に突っ込まれている。
二人と言うより、二匹はワゴンに書かれているとおり『回収業者』と言われるものだ。
時に車内の後部座席や荷台に詰め込まれた様々な品を、必要としている獣人や人間と交換し、それが例え本人に価値が無い物だとしても、それを山羊面の所へ持ち帰り、山羊面はそれを必要としている者を見つけ売りさばくか、または価値のある物と交換するのだ。
『回収』というよりは『交換』と言ったほうが適切なのだが、バム達は比較的交換するよりも回収する場合が多いので、『回収業者』を自称している。
例の細菌によって、人類は獣の姿となって難を凌いだのだが、時には一瞬にして廃墟となってしまった都市や施設にもバム達は赴くことが多々あり、その際に無人となった廃屋や施設などから使えそうな物を拾い集め、またワゴンに乗せて山羊面の所へ持っていき、売りさばいてもらうのである。
しかし、何事にも同業者は存在するもので、バム達の様な回収業者にもその例に漏れず、廃墟を探索していると、よく同じ同業者に出くわすことがある。
大体は穏健な者で、何かどうしても回収しておきたい物資を見つけた場合は、話し合いなり、取引などをして穏便に済むのだが、時には殺してでも物資を得たいと言う乱暴な同業者も多々存在する。
そんな際に頼れるのは、前時代のような法律でも警察でも無く、自らが携えた鉄と暴力の塊である銃だけなのである。
「しかし、ここには何もないな。どこまでも走ってもジャングルしかねぇ」
相棒は助手席の窓から見える周りのジャングルを、退屈そうに見ながら言った。
先程はあんなに不味い不味いと言っていたくせに、相棒はもう山羊面煙草を吸い尽くし、
ワゴンに備え付けられた灰皿は、既にもう限界だと言わんばかりに、蓋を閉じても隙間から吸殻が飛び出ている。
「仕方ないよ。山羊面からはとりあえず近くを回って、なんか探してこいって言われただけだから」
「人使い荒いよな」
相棒はそう苦々しく不平を並べるが、今はそれを解消する煙草が無いために、徐々に不機嫌になってきた。
何かカーステレオからまた良い音楽でも流れてくればいいが、どうも電波の調子が悪いらしく、もういくらダイヤルをひねっても不快なノイズしか聞こえてこない。
そうなってくると、気持ちよく車を運転しているバムと違い、相棒は徐々にイラついてきた。
最初のうちは軽い貧乏ゆすりから始め、徐々に動きが激しくなってくる。
こうなってくると相棒は厄介で、中々収まりがつかないのだ。
さっさとこのドライブを切り上げて、山羊面の所へ戻って一服でもすれば落ち着いてくれると思うが、それまでどう持ちこたえたものか、バムは悩んだ。
「メリス、少し休憩しよう」
バムは今にも苛立ちが爆発しそうな、相棒の肩を叩いて落ち着かせた。
考えた結果、バムは一旦車を停めて休憩することとした。
紫煙に包まれた車内に何時間もいるのも体に悪い、有り難いことに道路のどこに停めようと路上駐車禁止でとやかく言う警察はいないのだ。
ワゴンを道路の端に停め、戸を開くと今まで紫煙しか吸っていなかった鼻腔に周りのジャングルの匂いが舞い込んできた。
大自然の香りと言えば聞こえはいいが、それは人類の名残を残すバム達にとっては異臭と対して変わらなかった。
だが、車内に閉じこもっているよりは幾分かマシだろう。
ずっと運転していて凝り固まった体を伸ばし、バムは周囲を見回した。
先程は道路にも背が高い草やら、アスファルトを突き破って生えていた木などがあったが、今ワゴンを停めた道路には草木一本生えていない。
本来ならそれが自動車道路のあるべき姿なのかもしれないが、今のご時世では寧ろ整備された道路の方がはるかに珍しい存在だ。
しかし、そうなると一体誰がこの道路を整備したのか。
バムはふと疑問に思い、もう少し辺りを見回してみた。
メリスは横で面倒臭そうに、助手席側の小物入れから炭酸飲料を取り出した。
ところどころ表面は錆び付き、中身が腐ってないか不安になるが、この程度で動じるほど獣人は脆い胃袋をしていない。
だが、いくら胃袋が頑丈とて不味い物は不味く、水分をこんな腐りきった物で補充しなければならないということがバム達の辛いところではある。
「なぁ、あの看板なんだろな」
不味い炭酸飲料を必死で流し込むメリスの耳に、相棒の少し間抜けな声が聞こえてきた。
視線を相棒の声のする方へ回すと、バムは反対の端に突っ立って、何故だか知らないが数m先にまっすぐと建てられた看板を眺めていた。
「読めないのか?」
メリスは炭酸飲料を飲み終わると、道路脇の草むらに投げ捨てた。
「読めないよ。英語だぜ」
「あれぐらい読めるだろ」
バムの無知ぶりにメリスは愉快そうに笑いながら、看板の下まで歩いていき、代わりになんと書いてあるか読んであげた。
看板は経年の劣化によってところどころかすれてはいるが、元々書かれていた文字が大きかった為、多少のキズや擦れがあっても問題なく読むことができた。
『ガソリンスタンド』と英語で書かれている。
この程度なら別に文字の横に書いてある印で分かりそうな物だが、相棒はどうも頭がいいのだか、悪いのだか、わからない時が多々あるので、時にメリスは頭を悩ませるのだった。