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 現代の様々な紛争や戦争などは、結局、人類が全て引き起こしている。

つまり、人類がいなくなれば、もしくは少なくなれば、戦争は無くなるか?

否、そんなことはない筈だと私は思っている。

 何故なら争うというモノは、どの生物においても日常茶飯事の出来事だからだ。

それは大なり小なり発生することで、絶対に無くなることはない。絶対に。




 鬱蒼と生い茂る木々の中に一本、車が一台やっと走れそうな道路が走っている。

整備など数十年、いや、数百年行われていないのだろう。

 道路のひび割れたアスファルトからは様々な雑草などが生い茂り、酷い時は、細い木がアスファルトを突き破り生えている。

 とてもじゃないが安全に走れる道路とは言えない。


 だが、その道路というよりは獣道にも似た道路の中を、一台の『ワゴン』が走っていた。

そのワゴンは白い塗装を施されていて、車体の横には、何やら様々な言語が真ん中の『山羊』の頭部を描いた絵を囲むように書かれている。

 言語の種類は様々で『英語』や『ロシア語』など、挙句の果てには『スワヒリ語』まで書かれている。

だが、その文字の意味は、どれも同様に『武装回収車、不要な物を、必要なものと、交換致します』と書きなぐられていた。

 

 獣道はそのワゴンをまるで歓迎したくないように、生い茂る草や木々の枝で殴りつけるが、ワゴンはその車体の横に描かれたふてぶてしい表情をした山羊のイラストの様に、お構いなしに草を踏み潰し、細く脆い木々を薙ぎ倒していく。

 運転手は、時々頑丈な木にぶつからないものかと、おっかなびっくりであったが、その運転手の横で座る者は全く気にしていないようだった。

 車内には運転席と助手席に一つずつ何やら茶色い毛むくじゃらと、黒い毛むくじゃらが座っている。

茶色い毛むくじゃらは、運転席でハンドルを間違えて道路脇の頑丈な木にぶつからないようにと、中々上手なハンドル捌きで、車体を操作している。

 それとは対照的に横の助手席に座る黒い毛むくじゃらは暢気なもので、時に欠伸をしては、退屈そうに窓の外に映る、ジャングルじみた風景を見ていた。


 二つの毛むくじゃらを挟むようにして、カーステレオから、討論番組の放送が流れている。

内容は世間で何か物騒なことが起こると、その時だけに限って専門家が集められ、その時だけ、有効そうな解決策を模索するような、よくある陳腐な物だった。

 議論の内容は『核兵器について』というもので、二つの毛むくじゃらはそこそこ真剣にその放送を聴いていた。


 放送は問題提訴から始まり、その主題において賛成派と反対派が熱弁をふるい合っている様子が声だけとはいえ、何とも言えぬ熱気がある。

 議論はそれからしばらく続いたが、中々決着は出そうになかった。

というのも、この手の話題は主題を絶対悪とみなす動きの方が活発ですぐに決着がつきそうなものなのだが、何故だか、その主題の存在について賛成的な専門家が、一人だけで嫌に粘っているせいだった。

 『あなた達は、先ほどからしきりに核兵器について、否定的な言い方をしてばかりいるが。もし、この核兵器が地球上から存在しなくなれば、本当に永久的な平和が訪れるものと、本気で思っているのか?』

 とカーステレオから、その賛成派の専門家の熱弁が流れてくる。

 その専門家の発言について周りからは、『訪れる筈だ』や『あなたの考え方は人間として間違っている』などと、反対派の専門家達というより、その発言をした専門家以外の者が全て、その孤立無援と議論が進むにつれなってしまった賛成派の専門家を攻め立てた。

 だが、そんな白熱した放送の外で、

「訪れる訳が無いだろ。馬鹿が」

 と、そんな誰も賛成派の専門家の発言に賛同しない、カーステレオから流れる声と違い。

 その放送をじっと聞いていた黒い毛むくじゃらが、少々語気を荒くして言った。

「え?どう思うよ」

 黒い毛むくじゃらは、まだ少し語気が荒いものの、横でハンドルを握っている茶色い毛むくじゃらの方を向いて言った。

 「思わないね」

 そう茶色い毛むくじゃらは、ハンドルを握りながら応えた。

 その茶色い毛むくじゃらの返答を聞いて、黒い毛むくじゃらはとても満足したような顔になると、シートにもたれ掛った。

 しかし、茶色い毛むくじゃらは一つ息を置いて続けた。

 「まぁ、あくまで当時はそう思っていたんだろうね。当時は、あくまで俺達から言わせれば結果論に過ぎないけれど」

 と、議論全体を呆れるような口ぶりで言った。

 そして、ふと茶色い毛むくじゃらは、ハンドルを握りながらバックミラーをちらりと見た。

 後ろから走ってくる車なんて滅多にないのだが、運転する際の癖とも言えた。


 バックミラーには、運転席でハンドルを握る自分が写っていた。

 茶色い体毛の海に浮かぶ島の様に、赤い自分の顔が写っている。

 表情は気だるげで、いかに今の放送がくだらないものだったという感想が、ありありと出ている。

 きっと今放送している、討論番組の連中はこんな毛むくじゃらの『ニホンザル』が聞いているとは、とっくに己の肉体と魂をも消滅した後の世界でも、きっと納得しなかっただろう。と皮肉に思った。

「おい、バム。いつまでこの下らない再放送聞いてるつもりだ?そろそろ局を変えたいんだ」

 そんな気だるげなニホンザルの運転手を横から、心底、この放送を聴くのが嫌になった相棒が、話しかけてきた。

 放送の議論は既に賛成派の専門家が幾ら喋ろうと収まりが付く流れではなかったし、議論の結果がどうなるかなど、とうの昔に知っている。

 この再放送は歴史の学習用として、放送の尺に困った際にいつも放送しているのだ。

 「あぁ、悪い。手が離せないから、勝手に変えちゃってくれ」

 バムと呼ばれたニホンザルの姿をした運転手は、助手席に座る相棒に言った。

 それを聞くと、黒い毛むくじゃらは少々面倒臭そうに、カーステレオのダイヤルをいじくり始めた。

 相棒の手はバムと同じく毛むくじゃらで、違うとこがあるとすればバムは黄色いが、彼はとても体毛が黒いという事だろう。

 しばらく、ダイヤルをいじくっているとカーステレオから耳障りなノイズに交じって、明るい音楽が聞こえ始めた。

 少しでも聞きやすくしようと、彼は適正な周波数にあわせようとするが、車内がいちいち草木に叩かれたり、アスファルトのでこぼこにはまったりする為。中々ノイズは収まらない。

 だが、相棒は悪戦苦闘しながらも、やっと、ちょうどいい位置にダイヤルを合わせると満足したのか、またシートにもたれ掛った。

 流れる音楽はノリが良かったのか。相棒は黒い体を震わせて音楽の調子に乗って、手を軽く叩いたりして、リズムを取り始めた。

 一体、この音楽がどこの国で演奏されたものかはバムも相棒も知らないし、また一体このノリがいい音楽が、一体どのようなジャンルなのかもわからない。

 唯一わかることがあるとすれば、それは本能的に『楽しい』という気持ちにさせてくれる素晴らしい音楽だという事だけである。

 そんな楽しそうにリズムに乗っている相棒をちらりとバムは眺めた。


 ニホンザルのバムとは対照的に、相棒は真っ黒だった。

 真っ黒い顔に真っ黒いもじゃもじゃした体毛、そして、そんな黒一色の中で、歯の黄ばんだ白さと、その隙間から除く赤い口内が顔の存在を主張していた。

 彼は『チンパンジー』だった。

 きっと、この音楽を奏でた連中も猿が音楽を聴く時代が来るとは思っていなかったろう。いや、正確には猿のみではない。


 動物…というのも不正確だ。

 バム達のような姿の者を『獣人』とここでは呼ぶ。

 現在の世界は大体『獣人』で占められている。

 『人間』もそれなりに少数ながらも残ってはいるが、その人口は、数百年前に爆発的に増えた『獣人』の足元にも及ばない。

 いや、『増えた』という言い方は間違いで、正確には『変わった』と言った方が正しい。

 全ては数百年前に起きた『細菌戦争』によるものだ。


 人類は自らが作り出した『核兵器』という悪魔を、いい加減に捨て去ることができたのだ。

 何故捨て去ることができたのかは、バムにはわからない。

今のような再放送が流れ、ほんの少しだが、数百年前の自分達の先祖が、どのような生活を営んでいたのか知ることはある。

 だが、その放送内でどうやって人類が『核兵器』を捨て去ることができたのかは、聞いたことが無い。

 何か偉い人権活動家などが活躍して、その経緯に至ったのか、それとも、国家でそのような政策などが上手くいったのか、それはわからない。

 だが、わかっていることは人類が数百年前に『核兵器』を捨て、そして、世界は平和になったのかというと、別にならなかったというだけの話である。

 

 だが、人類はその『核兵器』を捨て去ると、愚かなことに、また別の兵器を開発した。それは『細菌兵器』である。

 これは捨て去った『核兵器』のデメリットを、幾つか解決することができたらしい。

 一つでも使用すれば、国土を焦土と化し、復興に何百年もかかり、しかも、下手をすれば自身の首を絞めかね無い『核兵器』の欠点などを『細菌兵器』は克服することができた。

 それは細菌の構造を組み替えることによって、環境や国土には被害を与えず、しかし、特定の条件を持つ者に対してだけ、効果を発する点だった。

 森や海には全く影響がないのに、人間が触れれば筆舌しがたき苦痛を感じさせ、殺害する効果を持つ『細菌兵器』が大量に数百年前に製造された。

 当時はそれが『核兵器』に代わる抑止力になると、当時の各国は考えたのだろう。だが、その当ては外れることとなる。

 その数十年後に『細菌兵器』はテロリストによって、全世界にまき散らされたからだ。

 これによってろくな細菌対策を取れなかった国は、小国も大国も等しく、滅ぶこととなった。世界人口は半分以下にまで減り、町や家から人だけが、死に絶えていった。

 だが、そのまま人類は自らの愚行で滅ぶことはなかった。

『細菌兵器』に対する対策法がそれなりにあったからだ。

 しかし、それは『人間』の形態を、薬によって無理やりに変えて、『細菌兵器』の対象から、強引に外れようとするものだった。

 様々な倫理観や、宗教的観念などでこの対策方法を自らに施したくないと言う連中も大量にいたが、そのような者たちは、そのまま『細菌兵器』の餌食となった。

 結局、人類は『獣人』という形となって、現在もかろうじて存在している訳である。

 「こいつはいいな。今度買おう」

 黒い毛むくじゃらの相棒は、まだ音楽の調子に合わせて体を揺らしている。

 どうやら今、カーステレオから流れている曲にとても興味があるようだ。

 きっと曲が終われば、DJが何と言う名の曲なのか読み上げてくれるはずだ。

 だが、今時曲の名前を知っても入手することができるのだろうか。

 相棒は何かアテがあってそんなことを言っているのか、それともただ気まぐれにそんなことを言うのか、バムは気になった。

 「買うったって、どこで買うんだい?」

 「『ジョイブ』がきっと持ってるはずだ。あいつ、こういう類の曲は結構集めてるって前に言ってた」

 そう彼は言うと、音楽に聞き入った。

 相棒の言葉を聞くと、バムは確かにと納得した。

 「CDか?データか?」

 「楽譜だ」

そんなやり取りを続けながら、二匹を乗せたワゴンは道路を走っていく。

 

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