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「人間は信頼を裏切る生き物である。」と言っていたのは何代目の国王だったろうか__
少し騒がしい食堂の片隅でチズサはいつものように一人で食事をしていた。
この食堂はフォセイクシティにある24の軍の総本部の一角に存在する言わば共同施設のような所だ。
様々な軍服に身を包んだ兵士達が食堂の中を行き来する。なかなか他の軍にいる友人と会う機会が少ないためか兵士達は楽しそうに会話を交わしていた。しかし、ラルグ軍の軍服を着たチズサだけには誰も近づかなかった。
チズサは黙って食事を続けた。メニューはパンに味の薄いスープが付いただけの質素なものだったが、なんとか腹の足しにはなった。
食糧難の問題が解決できずにいるこの国では贅沢など出来るはずもなく、パンにスープを付けるのも精一杯という状況だった。政府はこの食糧難の問題を早急にどうにか改善しなければならないと色々な策を打ったがどれも上手くはいかず、2年経った今でもまだ解決まで辿り着いていない。
食事をしながら仕事をするのはあまりよくないとは思ったが食事の時間を削りでもしないと今日中にこの山積みになっている書類を片付けることは不可能だ。
1日が24時間しかない事に少し苛立ちを覚える。
そんな事を考えながらペンを走らせていると食堂にカツカツと冷たい足音が響き渡った。足音が聞こえると同時に食堂は一気に静まり返り、兵士達は小声で何かを話し始めた。
チズサはそんなことは構いもせずに黙々とペンを走らせる。
足音は段々チズサへと近づき、目の前に来たところで止まった。
「相変わらず静かな食堂だな。」
低く落ち着いた声でそう言いながら目の前の男性は席に着き、パンを齧った
「お疲れ様です大佐。王政府軍へ提出する書類はもう書き終わりましたか?」
チズサが次の書類に手を伸ばしながら訪ねた。
ラルグ特別調査軍。通称ラルグ軍は”アルシエル”と呼ばれる人に取り付く悪魔を排除するために建軍された。
アルシエルは人からの信頼を無くした人間。信頼するに値しない人間などに取り付くことが多く、取り憑かれた人間は気が狂い、大量殺人や時には戦争などを起こす力を持つ。
アルシエルは自分の肉体を持っていないため、人の肉体に取り憑かないと人殺しはできない。そして、取り憑かれた人間は他の人間との区別が難しい。
その問題を解決する為にラルグ軍は”肆眼”と言う人工的な眼球を作り出した。この”肆眼”はアルシエルに取り憑かれた者の特定とアルシエルを抹消する為の力が備えられている画期的なものであった。
片方の眼球を取り出し肆眼を埋め込む手術方法は軍の機密で守られている為お話しすることは出来ない。
ラルグ軍の者達が片目を隠しているのは国民に恐怖を与えぬようにする為だ。
だが、もうすでに国民からは『片目の悪魔』や『人殺し』などと呼ばれ、軍の評判は最悪だった。
あと2,3枚で全ての書類が片付くところまできた時、チズサ達の所へ一人の男性が現れた。歳は大佐と同じくらい。いや、大佐より少し歳をとっているようだった。
その男性は黙って大佐前へ移動し、突然大佐の食べていたスープやパンの乗ったお盆を勢い良く床に叩き落とした。




