~第84章 出国の日2-意識せずにはいられない-~
一之瀬部長、こんにちわ。
週末の人の多い空港内で、やっと見つけた一之瀬部長。少し離れてはいるものの私の目の前に居る彼に、そう声をかけようとするが、声も出なければ体も前に進まない。
私、一体どうしちゃったんだろう。
早く、部長に声をかけたいのに!
私が何もなす術もなく心の中で叫んでいると、突如、ぐいっ、と私の手は引っぱられる。
そして、その手を握っている主は、そのまますたすたと歩き出すと、真っ直ぐに目の前に居る部長の所へと進んでいく。
「あ、あの・・・冬真くん・・・」
彼は無言のまま私の手を引き、部長の腰かけるベンチの前まで来ると、私が言えなかった一言を言葉にした。
「一之瀬さん、こんにちわ」
声をかけられた部長は、読んでいた本から目を離し冬真くんを見上げると、いつもと変わらない優しく美しい笑顔でにっこりと微笑み、こう言った。
「やあ、桐谷くん。早かったね」
冬真くんの後ろから隠れて部長の様子を伺っている私。自分に微笑みかけられた訳でもないのに、私の胸は既にドキドキと高鳴っていた。
そんな、いつ見ても素敵な部長の笑顔であるが、当然のことながら、微笑みかけられた本人は全く動揺する様子もなく、冷静に彼の挨拶に応えた。
「大事な日に、遅れるといけませんので」
その真面目な回答に部長は、そうだね、と言って微笑むと立ち上がり、今度は私の顔を覗き込むと、先程よりも一段と胸がドキドキするような笑顔でこう言った。
「ふふ、葉月さん、こんにちわ。来てくれて嬉しいよ」
「あ・・・こんにちわ・・・」
嬉しいという言葉に、私はさらに動揺し、やっとのことで挨拶を返す。そんな私を見た部長は、くすっ、と微かに笑うと、さらに彼を意識させるようなことを言った。
「そんなに怯えなくても、何もしないよ・・・ねぇ、桐谷くん?」
「ねぇ・・・って、当然でしょう。あまり彼女をからかわないでください」
「ふふ、ごめんごめん」
突然、話をふられた冬真くんは溜め息混じりにそう答えると、部長は、ははっ、と軽く笑って謝った。
「それより、ふたりで見送りに来てくれたということは・・・ちゃんと仲直り、できたんだね」
先程の少しおどけた彼とは違い、優しい瞳でこちらを見つめる部長。微笑んではいるものの、どこか寂しげな色を見せるその瞳に、私の心はまたしても吸い込まれていくようだ。
「・・・ええ・・・」
何も言わない私の代わりに、冬真くんが話そうとした時、私はふと、部長が私に言ってくれた言葉を思い出し、彼の言葉を遮った。
ーーー彼に君の思いは伝わるさーーー
「あ、あの!」
突然、大きな声で叫び、冬真くんの前にまで出てしまった私に、ふたりは驚いてこちらを見た。
「あ、えっと・・・私の思い・・・本当に、と、冬真くんに伝わりました!あの・・・部長のおかげ・・・です。ありがとうございました!」
ふたりの視線を一身に浴び、急に恥ずかしくなった私は、先程の気迫はどこへやら、やっとのことで部長に気持ちを伝えた。
一瞬、三人の間に沈黙が走ったが、それは一之瀬部長により破られる。
「・・・そっか・・・。良かった。君の思いが・・・彼に伝わって・・・。うん、本当に良かったね。おめでとう」
彼は、珍しく少し俯いて話し出したが、最後はにっこりと微笑み、そっと私の頭を撫でてくれた。そのどこか懐かしい大きな手に、私は心地よくなり微笑んだ。
と、その時、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた。私が驚き振り返ると、そこには大学時代の友人が大きく手を振っている。
「あっ!」
「お友だち?」
友人を見るなり驚いた私に、部長は優しく尋ねる。
「あ、はい。彼女、大学時代の友人で・・・」
「そうなんだね。久し振りなのかな?ふふ。僕たちのことは気にせずに、お話しておいで」
私の説明を聞いた部長は、快く私を彼女の元へと送り出した。冬真くんもまた、彼と同じく笑顔を浮かべていた。




