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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
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~第82章 彼と一緒の通勤路~

「桐谷くん、ごめんね。学校、間に合うかな?」


身支度を整え、急いで家を出た私たち。

オフィスと駅は同じ方角にある為、私と彼はその車通りの多い道路脇の歩道を歩いていく。



「僕は今日は、昼から出ればいいので、心配しなくても大丈夫ですよ」



「あ・・・そうなんだね。良かった・・・桐谷くんが勉強ついていけなくなったら、ご両親に怒られちゃうもん」



学校に間に合うことがわかり、ほっと胸を撫で下ろす私の隣で彼は、ふっ、と笑った。



「え?な、なに?私、何か変なこと言った?」



明らかに私の発した言葉に対して笑っている彼に、私は少し恥ずかしくなり、彼を見上げる。

一之瀬部長よりは目線が少し下にあるが、160cm無い私から見れば、やはり彼を見上げるしかない。176cmあるいは177cmといったところだろうか。



「ふふ、いいえ。可愛いなぁと思って」



「か・・・かわ・・・」



呑気に身長のことを考えていると、彼はこちらを向き、さらっと、私が照れるようなことを言う。私は、その彼からの誉め言葉に、未だ免疫が出来ておらず、一気に顔が熱くなった。



「ど、どのへんが?」



年下の彼が言う、可愛い、が何なのか気になった私は、思い切って彼に尋ねる。



「そうですねぇ・・・全部、かな」



そう言って優しく微笑む彼の台詞に、私の鼓動は一気に速まると、彼を直視するのが恥ずかしくなり俯いた。


ぜ、全部って・・・そんな・・・そんなのドキドキしちゃうよ!



「ふふ、そういうところも」



心の中で絶叫している私に、彼はそっと囁くと、私の手を掴み引き寄せ額に優しくキスをした。



「き、き、桐谷くん!」



通勤通学時間帯の為、周りには車も人も多い。

そんな中での突然のキス。

額にとはいえ、彼の大胆さに、私はドキドキが治まるどころか全身が熱くなり目が回りそうだ。



「ふふ、それに、僕が勉強についていけなくなることは、ないですよ。こう見えても一応、頭だけはいいんで」



彼は珍しく自分のことを誉めると、その綺麗な顔でにっこりと微笑んだ。



「そ、そうだよね。私が心配しなくても、大丈夫だよね。自分で言えちゃうあたり、凄いよ!」



いつも自分自身のことを好きになれない、という彼が、自身の良いところを話す。それは、私にとってこの上ない喜びだった。



「安心、しました?」



「え?うん!」



「良かった。冗談でも、自画自賛なんて・・・初めてしましたよ」



そう言って彼は恥ずかしそうに笑った。



「もしかして・・・私が安心するように?」



私が尋ねると、彼は珍しく顔を赤くして、そっぽを向いた。そんな彼が可愛らしくなり、私は彼が顔を向けた方に回ると、笑顔で彼の恥ずかしそうな顔を見つめた。



「桐谷くんだって、可愛いよ」



私は彼の照れる姿が愛おしくて仕方がなくなり、それを言葉にすると、彼は手の甲を口元にあて、さらに恥ずかしそうにそっぽを向く。



「・・・それよりも、また元に戻ってますよ」


「え?」


「桐谷くん。って」


「あ・・・」



そういえば、さっき名前で呼ぶって約束したばかりだった。でも・・・



「ご、ごめん。もう、桐谷くんって呼ぶの、癖みたいで・・・」



私がそんな言い訳がましいことを口にすると、彼は軽く溜め息をついた。そして、柔らかな表情で微笑むと、私の耳元で優しく囁いた。



「あなたも、桐谷になるんですから、ちゃんと名前で呼ぶ練習、しておいてくださいね」



「っ!えっ!?」



「じゃあ、僕はこれで。お仕事頑張ってください」



にっこりと微笑む彼を見つめる私は、彼の囁いた言葉が頭に焼き付き胸が高鳴っていた。



「う、うん。桐谷く・・・あ、冬真くんも学校頑張ってね!」



「ふふ、ありがとうございます」



オフィスの前まで来ると、彼は私の頭をよしよし、と優しく撫で、では。と、一礼して去っていった。


冬真くん。

やはり慣れないその響きに、私の鼓動は益々速くなると同時に、彼との距離が一気に近づいた気がして嬉しかった。





「かぁおりっ!おはよ!」


「っっ!!あ、秋紀!おはよう」



駅へ向かう桐谷く・・・じゃなくて、冬真くんの背中を見つめながら、うっとりと幸せに浸っていると、突然、私の背後から秋紀の元気な挨拶が聞こえる。私は、彼と一緒に居るところを見られたかな、と、ドキドキしながら振り返ると、その考えは正解のようで、秋紀はニヤニヤと笑いながら私にこう言った。



「見たよぉ。桐谷くんによしよししてもらってたでしょ。朝から一緒ってことは、ちゃんと旦那んとこ戻ったんだ?」


「だ、旦那って!」



秋紀のあからさまな言葉と、頭を撫でてもらっているところを見られたていたことに、私の顔は一気に熱くなった。



「だってー、つまりそういうことでしょ?部長じゃなくて桐谷くんからの求婚を受けた・・・って、まさか、部長を選んだのに桐谷くん泊めたわけじゃないわよね!?」



秋紀は興奮した面持ちで私を問い詰める。



「あ、秋紀!声おっきい!」


「あ、ごめん。もう、どうなってんのか心配で心配で・・・」



その言葉通り、秋紀の表情は雲っていく。



「秋紀・・・心配かけてごめんね」



私は、いつも明るい秋紀にそんな表情をさせるくらい心配をかけていたんだと思うと、つらくなり、謝った。そして、そのままオフィス内に入るとロッカーを目指し歩き出す。



「秋紀・・・私、色々あったけど、桐谷くんを選んだよ。・・・部長と結婚したら、絶対に幸せになれるって思う」



「え?桐谷くん、選んだんだよね?」



オフィス内は、出社する人たちでざわついていた。それでも、一之瀬部長が絡んでいる以上、公にできる話ではない為、私は静かな声で自分の思いを秋紀に伝えた。



「うん。・・・部長は本当に非の打ち所がない完璧な人。桐谷くんが完璧じゃないわけじゃないけど、桐谷くんは考え込みすぎるところが私と似ているの。結婚って、幸せを与えられるだけのものじゃなくて、お互いに支え合って幸せになるものだと思う。部長は、私なんかの支えがなくても十分生きていける気がする。・・・桐谷くんもそうなのかもしれないけど、でも、桐谷くんは違う気がするんだ。考えて考えて苦しんだ末に、現実から消えてしまうかもしれない・・・そんな脆く儚いところがある。だから、私でできることなら彼を支えたい、そんな風に思うんだ」



「夏緒里・・・」



「あ・・・でも、決して同情とか心配だからとかそんなんじゃなくて・・・初めて会った時からやっぱりずっと、桐谷くんのことが好きなんだ。って、私が支えるとか言って、実際はいつも彼に支えられてばかりだけど・・・」



部長と冬真くんのこと、自分のこと、ずっと悩んできた気持ちを言葉にする。長いこと考え悩んできたことだったが、それは不思議と水が流れるかのように、さらさらと私の口から出てきた。



「いいんじゃない?支え合えるのが理想の夫婦。今は支えられていても、きっと、彼を支える日も来ると思うよ」



「秋紀・・・」



私の思いを聞いた秋紀は、優しい言葉と共に柔らかく微笑んだ。

私は、それがとても嬉しかった。



「しかし、完璧すぎるから断られた部長のことを思うと、本当に涙が出るわ。ほんと、あんた凄い人をフッたね」


「あ、秋紀っ!」


「なぁに、ほんとのことじゃない」



先程の優しい笑顔とは打って変わって、いたずらな笑みを浮かべる彼女。いつもならそんな明るいノリに反論して笑えるのに、部長のことを考えると胸が詰まり涙を我慢するだけで必死だった。



「うん・・・部長は本当に優しい。せめて、彼を振り回した私のことを、叱って憎んでくれたら良かったのに・・・」



「夏緒里・・・。部長は、確かに凄く傷付いただろうね。でも、自分の好きな人が、彼氏よりも自分のことで頭を一杯にし、少しでも一緒に居てくれた。そのことは、きっと、彼にとって大きな幸せだったと思うよ。だから、あんたを憎んだりなんてしない。むしろ、あんたの幸せを願ってるんじゃないかな。なんせ・・・完璧な人なんだからね」



そう言って秋紀は私にウインクしてみせた。



「って、ちょっと夏緒里ぃ!泣かないでよぉ!大丈夫だって!ほら、みんな見てるよー!」



更衣室に入った瞬間泣き出した私に、室内にいた女子社員たちは驚き、一斉にこちらを見つめる。そんな彼女たちに秋紀は、気にしないで大丈夫だから、と注意をよそに向け、私をロッカーの前まで連れて行ってくれる。



「・・・うん・・・ごめん。でも、苦しくて・・・。部長、本当に・・・私の幸せ・・・願って・・・くれたから・・・」



「ほらねー。だったらちゃんと、幸せになるのが部長への償いでしょ」



「・・・うん・・・そうだね・・・。幸せにならなかったら・・・部長・・・きっと悲しむよね・・・」



いつも私のことを一番に考え、私の幸せを願ってくれた京也さん。私が幸せになることが彼への償い、とはいえ、彼を差し置いて自分だけが幸せになるのがつらい。


でも、今の私には、京也さんにしてあげられることは、何もない・・・。



「そうそう。どうして自分の手で幸せにしなかったんだ。こんなことなら無理矢理にでも自分のものにしておけば良かった。って、罪悪感に駆られるよ。・・・まあ、あんたが幸せにならないなんてことは、私は思わないけどね」



「え?」



「だって、あの桐谷くんだよ!ちょっと悩みがちなところ以外に何も欠点ないじゃない!ものすごーく、あんたのこと、愛してるわけだしさぁ」



「愛し・・・って・・・」



ニヤニヤと笑う秋紀の言葉に、私は顔から火が出そうになり動けなくなる。



「あーあ、朝からふたりののろけ話聞かされて、もうお腹一杯だわ。お昼食べれないかも」



そんな私に追い打ちをかけるようにニヤリと笑う彼女。



「もう!秋紀ってば!そんなんじゃないって!」


「はいはい。ご馳走さまでしたー」



「もう!・・・でもね、秋紀・・・いつも本当にありがとう」



私の言葉に、今度は制服に着替える秋紀の手が止まる。



「どういたしまして!ていうか、また他の人が好きだなんて言わないでよ。あんたって、素直すぎてほんと危なっかしいんだから」



「そ・・・そんなこと、ない!もう絶対ない!」



「わかんないじゃない?あーあ、桐谷くんが嫉妬深い理由、わかるなぁ・・・ほんと、あんたって罪な女・・・」



「っ!もう、秋紀ったら!」



さっきまでの悲しい気持ちは、親友によって払拭された。京也さんへの罪の意識、彼との思い出、彼を好きな気持ち。それらは完全に私の中から消え去ることは無いけれど、それでも私は、彼が心から願ってくれた幸せの為に頑張って生きよう。そんな風に思えた。



「さぁ、仕事仕事ー」



そして今日も、彼との思い出が残るこのオフィスで、1日が始まる。





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