~第80章 両思いになった夜~
改めて両思いであることがわかり、落ち着きを取り戻した私たち。今まで色々ありすぎて少し疲れたのか、私は急にベッドの柔らかさが恋しくなり、その上に腰を下ろした。すると、彼もまた私の隣に腰を下ろす。
「夏緒里さん、疲れたでしょう?少し横になりましょうか」
私の考えていることが伝わったのか、顔にまで疲れの色が出ているのか、彼は柔らかく微笑むと私をゆっくりとベッドへ寝かせた。彼は、私の隣に腰かけたまま優しく頭を撫でてくれる。その心地よさに、私の瞼は次第に重くなっていった。しかし、このまま眠ってしまったら、彼は帰ってしまうだろう。目覚めたら彼がいないかもしれない。そう思うと、私は突然言いようもない寂しさに駆られ、彼のシャツの裾をそっと掴んだ。
「夏緒里さん・・・?」
少し驚いた様子で、彼は私の名を呼ぶ。
「・・・桐谷くん・・・もう、帰らないと・・・ご両親が心配してるよ・・・」
もっとそばに居てほしい。
私は、言いたかった自分の気持ちとは全く反対のことを言葉にした。
「・・・夏緒里さん・・・あなたは本当に素直ですね」
「え・・・?」
「言葉と行動が伴っていませんよ、ふふ。そばに居てほしいから、シャツ、離してくれないんですよね?」
彼は優しく微笑むと、シャツを掴んでいる私の手に、ふわりと自身の手を重ねた。
「ごめんなさい・・・もう、お家に帰さないといけないのに・・・私・・・」
私の気持ちをわかってくれるその優しさに、私は胸が熱くなり、思わず泣きそうになる。
そんな私の額に、彼は軽くキスをすると、そっと私の頬に触れた。
「大丈夫。あなたが眠ってしまっても、僕はずっとあなたのそばに居ますよ」
「え?・・・」
「まあ・・・このまま泊めていただけるのなら、ですが」
そう言って彼は、少し緊張した面持ちを見せる。
「もちろん、私は嬉しい。でも、桐谷くんは、平気?ご両親に怒られたりしない?」
私は、彼をここに泊めたあの雨の夜、春樹くんと電話した時のことを思い出し、厳しい彼の家族は許してくれるのか心配になった。
「それなら、心配ありません」
「え?もしかして、また春樹くんに?」
「いえ。いつまでも春樹に頼ってばかりもいられませんので。今日は、自宅を出る前に、両親には伝えてきました」
「伝えた、って・・・な、なんて・・・?」
何の躊躇もなく、淡々と説明する彼。
一体、何と説明してきたのか、私はとても不安になる。
「今日は、夏緒里さんに大事な話があります。帰宅しなくても心配しないでください、と」
「・・・え!?そ、それ、反対されたんじゃ・・・」
大事な一人息子が、私なんかの所に泊まるかもしれない。
それを聞いた彼のご両親が、反対する姿が目に浮かんだ。
すると、彼は、これまたあっさりと私の質問に答える。
「いえ、特には。ただ・・・彼女が嫌がるようなことだけはするな、とは言われましたが」
そう言って、にっこりと微笑む彼。
「い、嫌がること・・・?」
その笑顔に、私は嫌な予感がしたが、嫌がることが何なのか、彼に恐る恐る問いかけた。
「夏緒里さん・・・本当にわかりませんか?」
「う、うん・・・」
私が頷くと、彼はあの小悪魔的な笑顔を浮かべ、寝ている私の体の上に覆い被さった。そして、真っ直ぐに私を見据えると、甘く色気のある声で、私にこう教える。
「あなたを抱く、ということですよ」
「・・・抱・・・く・・・」
何も包み隠さない彼のその言葉に、私は自分の鼓動の音が頭に鳴り響いた。
と、突然、彼は真剣な表情になり、私に深く口付ける。
「き、桐谷く・・・」
私は、その表情から、彼は本気なのだ、と意を決し目をつぶった。
と、次の瞬間、私の体の上からその重さが消える。
私は恐る恐る目を開けると、彼は私の横に寝そべり、こちらを見つめていた。
「・・・桐谷くん・・・?」
「夏緒里さん・・・」
彼は、寂しそうに私を見つめる。
「やっぱり、嫌、ですか?」
「え・・・?」
「ほら、こんなに震えてる・・・」
そう言うと、彼は私の肩を優しく抱き寄せた。
「すみません・・・あなたからのプロポーズが嬉しくて、我慢が利かなくなってしまいました・・・。まだ、気持ちの整理もつかないでしょうに・・・本当にすみません」
彼は、切なそうな声で謝る。
「桐谷くん・・・ごめんね。嫌、じゃないの。嬉しい。でも、今日は・・・なんだか疲れてしまって・・・」
私は、素直に気持ちを吐露した。
彼は、そっと私から離れると、壁の方を見る。
「・・・もう、日付、変わりそうですもんね。明日も早いでしょうし、もう寝ましょうか」
「うん・・・ごめんね」
私がもう一度謝ると、彼は、ふっ、と微笑み私の頭を撫でてくれる。
「もう何も考えなくていいですよ。おやすみ、夏緒里さん・・・」
そうして、私の頬に軽くキスをすると、柔らかく微笑んだ。
私は、その優しい笑顔と彼の温もりに包まれ、ひとりで眠る時には感じることができない安心感の中、眠りに入っていった。
外を走る車の音も次第にまばらになり、蒼白い月の光が静かに注ぐ夜だった。
「ごめんね・・・夏緒里さん・・・」
彼が、そう囁いた気がした。




