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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
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~第74章 平穏な日々~

「葉月くん、これコピーお願い」


「はい」



いつもと変わらない平凡な日々。


桐谷くんに彼氏を辞めると言われてから、二日が経った5月11日の火曜日。

私は、特に何の変化もないオフィスで働いている。




「一之瀬さんに、見送りのこと、伝えておいてください。辞退の件の回答は、その時迄で構いませんよ。あ、心配しなくても、あなたの答えがどちらであれ、見送りには僕もご一緒しますので。では、一之瀬さんによろしくお伝えください。今日は、ありがとうございました。・・・じゃあ、八谷さん。彼女を自宅までお願いします」




あの日、私に彼氏を辞退という提案をしてきた桐谷くんは、私に有無を言わさずそう言うと、八谷さんの車に乗せ、では、僕はここで。と、一礼した。


その姿は、紳士的でありながらもどこか冷たく、しかしながら、普段よりも一段と寂しげな雰囲気を醸し出していた。


(※八谷(はちや)さん・・・桐谷家の運転手。~第24章 帰路~参照。)




「はぁ・・・私が悪いんだ。こうなって当然だよね・・・」


私は、オフィスの隅にあるコピー機に、上司に頼まれた資料を通すと、ひとり、ぽつりと呟いた。


恋愛なんて全く縁がなかった私が、突然ふたりのイケメンに好かれて、悩んで、やっと答えを出したのにその相手からは見事に断られて。とてつもない大恋愛をした気がする、でもそれももう終わりかな。


コピーの終わった資料を上司に手渡すと、そっと手を握られる。そう、これが、いつもの私。

おじさま方に変に好意を寄せられる、平凡なOL。

以前と変わらないのに、これだけふたりに愛されたのに、なぜ寂しいと思うのだろう。


桐谷くんへの返事、って・・・私が、辞退してなんて言う訳がない。でも、そう言ったところで、本当に受け入れてもらえるのだろうか。桐谷くんの言う通り、京也さんのところに行った方がいいのかな。なんだか、どうしたらいいのかわからないよ。



「夏緒里、ランチランチ。夏緒里?もう、お昼だよ。お~い」



「・・・あっ・・・えっ!?」


「もう、お昼ですよ。あんた、よくそれで仕事できたわね」


親友の秋紀は、私の反応を見るなり呆れた様子で溜め息をついた。私は、そんな彼女に話しかけられ時計を見ると、確かにお昼休みに入っている。


「じゃあ、今日はさ、気分変えて久しぶりに屋上にでも行ってみよっか」


「屋上・・・」


秋紀の提案した屋上という言葉に私は、一之瀬部長からパリ行きの話を知らされた時のことを思い出す。そして、1日だけ彼の彼女になってほしいと言われたことも・・・。


「あれ?嫌だった?」


「あ、ううん。大丈夫。行こう」


秋紀は、知らない。

私があの日、一之瀬部長とどこで話したのか。

部長の1日彼女になったことも。



「1日だけ、僕の彼女になってくれないか?」



あの時の京也さんの言葉。京也さんの声。

思い出すだけでドキリと胸が高鳴る。


桐谷くんが好きなのに、京也さんにドキドキする。

それが何故なのか、私には未だにわからなかった。





室内から長い廊下に出ると、昼食の為、外に向かう人たちとすれ違う。



「ねぇねぇ、本社の一之瀬部長。フランス支社にいくんだってー!」



一之瀬部長。その名前にドキリと鼓動が大きくなった私は、すぐさま声のした方を振り返る。

そこには、他の部署の女子社員たちが楽しそうに話す姿があった。



「えぇっ!とばされるってこと!?」


「それがぁ、引き抜きがあって、本人もそれを希望してるって!」


「それって、ヘッドハンティングってことー!?かっこよすぎー!でも残念だよねー。部長かっこよかったのにぃー!」


「ねぇー。でも、あれだけかっこいいんだし、優しくて仕事もできて、彼女の一人や二人位絶対居るってー!」


「そうだよねー。1日でいいから、部長の彼女になりたぁい!」


「ほんとほんとー!」



彼女たちのはしゃぐ声とは裏腹に、私の心は深い悲しみに沈んでいき、いつの間にか私は、その場に立ちつくしていた。



「ねぇ、夏緒里」


「・・・っえ?」



と、私は突然、秋紀に名前を呼ばれた気がして返事をする。


「今日、らしいよ」


「え?何が?」


「誕生日」


「誕生日?」


秋紀が何の話をしているのかわからず聞き返してばかりいる私に、秋紀は、にっこりと微笑みこう言った。



「そ。噂の一之瀬部長のね」







屋上に着くと、そこにはすでに何人か私たちと同じように昼食をとる人たちがいた。

5月の爽やかな風、青々と澄み切った空。

私の心もこんな風にきれいに晴れたらいいのに。

そんなことを考えながらベンチに座り、お弁当を広げる。


一之瀬部長の誕生日。

彼女とお祝いするのかな。

あんなにかっこいいんだもん。お祝いしたいと思ってる人はたくさんいるよね。


先程聞いた女子社員たちの会話を思い出した私は、再び寂しさがこみ上げた。私は、彼の彼女でもなんでもない。それなのに、彼が他の女性と居るのを思い浮かべるだけで何故だか気持ちが沈んだ。



「夏緒里ぃ、私さ・・・」


「ん?」



隣に座っている秋紀は、ペットボトルに入ったお茶を一口飲むと、伏せ目がちに私に話しかける。



「あんたは、桐谷くんよりも部長の方が好きなんじゃないか、って、見てて思うわ」



「・・・え?」



秋紀の言葉に、私の鼓動は速まっていく。



「だから、このままでいいのかなぁって・・・。見送りは、もちろん行くだろうけど・・・もう一度考えてみたら?部長のこと」



いつもとは違う、静かに落ち着いた声で話す秋紀に、私は彼女の真剣さを感じ、箸を持つ手が震えた。


「でも、私は、部長のこと断って・・・」


「桐谷くんと、うまくいってる?」


「え?」



「その様子だと、桐谷くんにフラれても無理ないよ」


「秋紀・・・何でそれ知って・・・」



誰に聞いたんだろう。誰にも話してない。

思いきり動揺する私に、秋紀は小さく溜め息をついてからこう言った。


「図星?知らないけど、さっきの女子社員たちの話聞いただけで顔色変えるようじゃ、桐谷くんだっていい迷惑だと思うよー。だって、彼はほんとにあんたのこと好きなんだからさぁ」



「・・・そうだよね・・・。桐谷くんに会うのに、他の人のこと考えてるなんて、迷惑だよね・・・。私、もう少し部長と話してみようかな・・・。でも、部長は、もう私となんか話したくないかも・・・」


私は、桐谷くんが好きで、桐谷くんが居ないなんて考えられない。でも、部長のこと断っておきながら、彼のことが気になって仕方がない。こんな私、桐谷くんにフラれても無理ない。京也さんも、もう相手にしてくれないかもしれないけど、彼なら私のこの気持ちがなんなのか知っている気がする。



「そうそう。それでも桐谷くん!って思えば、桐谷くんのことが好きなんでしょ。部長は、話したくないなんて思わないんじゃないかな・・・むしろその逆というか、とにかく力になってくれる気がする。あ、でも、部長と話したり会ったりすること、桐谷くんには言わないのよ」


「え?どうして?」


「どうしてって、あんた、いちいち他の男との話されたら、それこそ桐谷くん立ち直れないよ」


「あ・・・そうだよね・・・」


「あんたもいい歳なんだから、しっかり自分で考える!ほんと、桐谷くんの方がしっかりしてるわ。若いのに」


「だね・・・。ありがとう秋紀。私、もう一度考えてみる」



京也さんと桐谷くん、どちらにも嫌われても仕方がない。でも、京也さんともう一度話ができるかもしれない。私は、何故かその事が嬉しかった。



「そうそう!その意気!モテる女はつらいねぇ!」


「もうっ!秋紀ったら!真剣に悩んでるのに!」



秋紀、ありがとう。

秋紀がいるから私、前向きに考えられそうだよ。


私は、静かに空を見上げた。

少しだけ、この澄み切った空に近づけた気がした。




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