~第7章 変調~
それから私たちは、日曜日だけでなく、会うことができる時は、たとえ少ない時間でも会った。
そして今週末はクリスマス。そんなある日の夕方。
仕事も終わり、私は帰宅しようと立ち上がる。ふと、窓辺を見ると、女子社員たちが集まって外を眺めていた。
何を眺めているのか気になった私は、窓辺に近づき彼女たちに尋ねる。
「みんな、何見てるの?」
すると、彼女たちは頬を赤らめながら、黄色い声でこう返した。
「ほら!そこのガードレールの前にいる人。すっごいかっこよくない!?」
彼女たちの興奮した口調に私も、外を覗き込んだ。
「え!!」
「え?なに?夏緒里」
私の突拍子もない声に、彼女たちは驚いて尋ねる。すると、その様子を見ていた秋紀が、後ろからやってきてこう説明した。
「ほんとイケメンよねぇ。でも、残念ながらあんたたちのものにはならないわよ。だって、彼は夏緒里の彼氏なんですから~」
「・・・えぇ!!!夏緒里、いつの間に!?」
秋紀の説明に、彼女たちは、嫌だの羨ましいだの言いたい放題。収拾がつかなくなり焦る私に、秋紀はこう言った。
「早く行きなよ夏緒里。王子様がお待ちでしょ」
そう言って、ウインクする秋紀。
「あ・・・ありがとう、秋紀」
私は、彼女たちに気づかれないうちに、こっそりとオフィスを出た。
オフィスから出てきた私に気づいた彼は、にっこりと微笑む。
そんな彼に私は、少し興奮気味に話す。
「桐谷くん、目立ちすぎ!こんなかっこいい人がなんで私の彼氏なのかって女子社員たちに問い詰められて大変だったんだから」
「あ、すみません・・・急に来たりして・・・迷惑でしたよね・・・」
彼はそう言うと、しゅん、と、俯いた。
いつもなら、私の話に乗っかってくるのにおかしいな・・・そう思いながら私は、彼の手をとる。
「ごめんね。気にしないで。来てくれて嬉しいんだから。せっかくだし、ご飯でも食べよっか?」
私がそう言うと、彼は顔を上げ、少しにっこりと笑った。そして、静かにこう言った。
「夏緒里さん。僕・・・夏緒里さんの家で食べてもいいですか?」
「・・・え・・・?」
彼の問いに、私は固まる。
「あ、別に変な意味じゃなくて、ただ・・・夏緒里さんとふたりだけで静かに食事がしたいなと思って・・・」
彼は、少し慌てた様子でそう言った。
「あ・・・そうなんだね。いいよ。じゃあそうしよっか。その代わり、部屋散らかってるけど・・・幻滅しないでね」
明るく振る舞う私だったが、男の人を自宅に招くなんて初めてで、緊張で汗が背中を伝った。
オフィスからは歩いて10分とかからない私の自宅。8階建ての1DK。少々狭いが最上階に住んでいるので、眺めだけはいいのが特長だ。
「ふぅ、ただいまぁ」
私は、玄関の電気をつけると、ついいつもの癖で誰もいない部屋に向かってそう発した。
「あ、ごめん。どうぞ上がって」
私は、少し慌てて彼を部屋の中へ招き入れる。
「あ、お邪魔します」
彼は、そう言うと、玄関を上がった。
エアコンのスイッチを入れ、私は着ていたコートをハンガーにかける。
「桐谷くんのも、かけるよ」
「あ、はい・・・ありがとうございます」
そう言って、コートを脱ぐ彼。
男の人のコートって大きいな。自分のコートの隣にかけると、その差に驚く。
「あ、簡単に家にあるもので作るけど、平気?」
私は、腕まくりをしながら彼に問いかける。
「あ・・・はい・・・」
なんだかいつもと様子が違う彼に、私は座るよう促す。
何を作ればいいのか、何が好きなのか全くわからないけれど、限られた材料でとにかく夕食らしいものを作りにかかった。
ご飯に、豚の生姜焼き、お味噌汁に、ポテトサラダ。
華やかさはないが、とりあえず形にはなったかな、と、ローテーブルにのせる。
「お口に合うかわからないけど、どうぞ」
私は、少し緊張しながらも彼に勧める。
いただきます、と言って食べ始めた彼だったが、しばらくして箸が止まった。
「あの・・・美味しくなかった?・・・」
私は不安になり、そう尋ねる。
すると、彼は少し切なそうな顔でこう呟いた。
「美味しい・・・」
そして、はっと我に返ったような仕草でこう言った。
「あ、すみません!夏緒里さんの作ってくれたご飯、すごく美味しくて、すごく・・・あたたかいなって・・・」
そうしてにっこりと微笑む彼だったが、やはりどこか寂しそうな表情が抜けない。
「あの・・・どうかしたの?私で良ければ、話聞くよ?」
私は、心配になって聞いてみる。
すると、彼は、ふっと柔らかい表情になり、こう言った。
「夏緒里さんって・・・本当に優しい人ですね・・・」
そして、すっと立ち上がると、私の後ろにまわり、そこから私の首に何かをかける。
「できた・・・」
そう言うと彼は、そのまま、背後から私をそっと抱きしめた。
「僕がいなくても悲しまないで・・・僕はいつもあなたのことを想っているから・・・メリー・・・クリスマス」
そう囁いたかと思うと彼は、すみません、ごちそうさまでした、と一礼して部屋を出ていった。
私は何がどうなったのかわからず、しばらく途方にくれた。
ふと、首もとを触ると、小さな突起に触れる。鏡を見ると、そこには紺碧に透き通る小さな石のついたネックレスがつけてあった。
「あ・・・さっき、桐谷くんがつけてくれたんだ・・・綺麗・・・」
僕がいなくても、ってどういう意味だろう・・・私のこと嫌いになったのかな・・・
私は、突然どうしようもない悲しみに襲われ、ただただ声をあげて泣きじゃくることしかできなかった。