~第67章 豹変~
「・・・ごめんなさい・・・。私・・・彼を裏切れないんです」
自分でも驚いた。
こんなにドキドキするのは、私が桐谷くんよりも京也さんのことが好きだからなんだ、と思っていた。
それなのに、京也さんの告白を受け入れることができない。それどころか、桐谷くんのことばかりが私の頭を埋め尽くしていく。
私は、本当になんて酷い人間なんだろう。
いつから、こんなにも人の心を踏みにじる人間になってしまったんだろう。
自分という人間が、心から嫌いになった瞬間だった。
「・・・ねえ・・・夏緒里・・・?」
「・・・はい・・・」
ドサッ。
私の答えを聞いた彼は、静かに私の名を呼び、私はそれに返事をした。だが、次の瞬間、気がつくと私は彼によって、先程まで腰掛けていたはずのソファへと押し倒されていた。
「・・・それは、同情?それとも・・・」
「・・・っっん・・・ぅっっ!!」
真剣な表情で、私の瞳を真っ直ぐに見つめ尋ねたかと思うと、突然、彼の唇は私の唇にあてがわれる。
逃れようとする私の唇を、強く、そして、舌を捉えながら執拗に口付ける彼。
先程までの彼とは全く別人のような、長く激しいキスに、私は次第に身体中が痺れ、頭で考える余裕を失っていった。
「さっきは背中越しに、こういうことを期待した?」
ようやく、その口付けから解放され、荒い呼吸をする私に、彼は少し微笑みながらそっと囁く。
そして、再び私に口付けると、彼の唇はそのまま私の首筋まで降りていく。
「んっ・・・そんな・・・こと・・・」
押し退けようにも、私の両手は彼に組みしかれている為、手が出せない。彼の艶めいた甘い声、優しく触れる唇。それらは、私に大きな心地よさを生み、私の身体から抵抗することを奪っていった。
「君は素直だから、僕や彼以外の男に奪われるんじゃないかと、心配だよ・・・桐谷くんは君の彼氏だから、僕なんかよりも、もっとずっと心配だろうね」
「・・・え・・・?・・・」
桐谷くんの名前が、心地良さに何も考えられなくなっている私の頭を覚醒させていく。
「彼を裏切れない。・・・って・・・もう、充分、裏切ってると思うけどな・・・」
「・・・ぁっ・・・」
「現に、こうして・・・彼以外の男に触れられているんだから・・・」
私をじわりじわりと苛め(いじめ)るように、意地悪な言葉を重ねていく彼。それは、いつも私を気にかけてくれて、優しい京也さんの、初めて見せる感情だった。彼がこんな風になったのも優柔不断な私のせいだ。私がちゃんと断らないから・・・。
そう思っている間にも、彼の唇は降りていく。そのひどく愛おしそうに私の身体に口付ける彼に、私の胸は罪悪感でいっぱいになり、締め付けられた。
そうして、彼の唇が私の胸に触れそうな位置までくると、彼はそこを強く吸い上げた。
「っ痛っ・・・」
私は、その少しチクッとした針を刺すような痛みに、京也さんと桐谷くんへの謝罪の気持ちが入り交じり、我慢していた涙が溢れ出た。
「っっ!!!・・・ごめん・・・こんなこと、いけないね・・・。彼には、かなわない・・・わかっていても、君の口から彼への思いは聞きたくなかった・・・。ごめん・・・送るよ・・・」
そう言って、顔を背けた彼の横顔には、もういつもの余裕の色はなかった。
あるのは、苦痛と愁いに満ちた表情と、微かに震える体だけだった。




