~第6章 温もり~
「夏緒里。あんたって、ほんとわかりやすいわよね」
秋紀に、ふいにそう言われた私。
「え?何が?」
私は、慌てて返事をする。
「何が?じゃないわよ。昨日、彼とうまくいったんでしょ!?」
私は、秋紀からの問いかけに昨日の出来事を思い出し、顔が熱くなった。
そう、今日は、彼と付き合うことになった日の翌日。月曜日のお昼時。
私は、にこにこしながらお弁当を食べていたらしく、秋紀に勘づかれたところである。
「で、で?次のデートの約束でもしたの?」
秋紀は、ニヤニヤしながら聞いてくる。
「うん・・・」
「う、うん!?あんた、夏緒里!うんって、冗談で聞いてみたらほんとなの!?どうなってんのよ!?」
私の返事に、秋紀は興奮した面持ちで迫ってくる。
「えっと・・・マフラー返して、で、付き合うことになった・・・名前も聞いたし、歳も聞いたよ。・・・私でいいのか、も聞いた」
私は、彼とのことを順序立てて話す。
すると、秋紀は私の肩をガシッと掴み、涙ながらにこう言った。
「夏緒里ぃ!!あんた成長したねぇ!!母さんは嬉しいよぉ」
「もう、秋紀ったら、母さんじゃないし」
泣きながらも私を笑わせてくれる秋紀に、私もツッコミを入れる。
「いや、でもほんと良かったね夏緒里!で、やっぱり学生さんなの?」
「うん。22歳で、あの学園都市の大学に通ってるんだって」
私は、秋紀の質問に、さらっと答えた。
「そっかあ。それでも年上のあんたでいい、と」
「うん。年齢なんて関係なく、私だから好きになったって」
私は、さすがにちょっと照れながら話す。
と、突然秋紀が溜め息混じりに話し出した。
「はぁぁぁ・・・たまらんねぇ!!なにそれ、ドラマみたい!!それで堕ちない女はいないでしょ!?」
「うん。なんか、ほんとに・・・かっこいいんだよね・・・」
私は、彼のことを思い出す。
「なにそれぇ!もう、昨日の今日で、のろけすぎ!」
秋紀は、再び興奮して私の背中を力強く叩く。
私も、自分が完全に彼の虜になっていることに気づかされた。
本当に、かっこいいんだもんね。外見だけじゃなく、中身まで。
そうして、彼の話題で盛り上がった私たちには、今日の昼休みはあっという間であった。
彼に告白された日曜日。別れ際、連絡先を交換し、また次の日曜日に会うことになった。
彼に、行きたい場所を聞かれた私は、年甲斐もなく、遊園地と答えた。
そして、今まさに、その遊園地に来ている。
「桐谷くん、次はあっちのジェットコースターに乗りませんか?」
絶叫マシンが好きな私は、彼を誘う。
「夏緒里さん、僕ジェットコースターはもう・・・」
と、彼はどうやら絶叫系が苦手のようだ。
「もしかして、桐谷くん、怖い・・・とか思ってませんか?ふふ」
なんて、私は、ちょっとからかってみる。
完璧に見える彼の、意外な一面を見ることができるのも、彼女の特権かも。
なんて、のん気に考えていると、急に彼の顔が近づいてきた。
「え!?あ、あの・・・」
あまりの突然の出来事に、たじろぐ私。
すると、彼は、そのまま私の額に自らの額をコツンとぶつけたまま言った。
「敬語・・・やめてくれたら乗りますよ。彼女さん」
「っっっ!!!!!!」
そうして、にっこりと笑う彼に私は、声にならない声を出す。
「ず、ずるい・・・」
ようやく言葉にできた私に、彼は、さらに問いかける。
「何が、ずるいんですか?」
そして、再びにっこり。
「そんな、綺麗な顔で、こんな近く・・・」
私は、恥ずかしくて少しずつしか話せない。
「ドキドキ、します?」
そんな彼からの問いに、もう私は完全にお手上げだ。
「わ、わかりました!わ、わかったから、敬語やめるから、顔を離してください!あ、顔を離して!」
私は、敬語をやめて必死にお願いする。
「ふふ、仕方がないですね。あなたがそこまで言うならやめましょうか」
そう言うと、彼は、そっと離れてくれた。
「はぁ・・・ドキドキした」
私が、大きな溜め息をつくと、彼は、またにっこりと微笑みこう言った。
「僕も、ドキドキしました・・・照れるあなたが可愛くて」
「っっっ!!!!!!」
私は、また声にならない。
「あれ?ちょっといじわるしすぎましたか?」
そう言って、ふふっと笑う彼。
「もう!いじわるしすぎよ!お返しに、ジェットコースター残り3種全部付き合ってもらうからね!」
その後、ふらふらになった彼が、ベンチでしばらく動けなくなったのは、言うまでもない。
なんだかんだで、遊園地を満喫した私たち。
気づけば、辺りはもう暗くなっていた。
「ねぇ、桐谷くん。どこに行くの?」
彼は、人の多い斜面を上へ上へと歩いていく。
「着きましたよ。この辺りで少し待っていましょうか」
上ってきた先からは、遊園地内に作られた小さな湾が見える。
気づけば、私たち以外にも人が集まっていた。
ここで、何かあるのかな?そう、思っていた時、突然ドーンという音がした。
花火だ。
「わぁ、綺麗」
私は、頭上に開く花火に目を奪われる。
「良かった。綺麗に見えますね」
と、彼は、安堵したような声を出す。
これを見せる為に、彼はここまで連れてきてくれたんだ。そう思うと、私は、とても嬉しかった。
「桐谷くん、ありがとう」
私は、素直な気持ちでそう伝えた。
すると、彼はちょっと恥ずかしそうな声で、こう言った。
「いいえ。今日の僕のかっこ悪いところ、これで挽回できますか?」
私は、そんな彼がとても愛おしく思えた。
そして、こう答える。
「もちろん」
しばらく花火が続いたのち、また辺りは真っ暗になった。
そして・・・
クリスマスソングが流れたかと思うと、湾の上に大きなクリスマスツリーが現れた。
「っ!!わぁ・・・」
私は、突如として現れたキラキラと光り輝くそのツリーの美しさに、言葉を失う。
「ツリー、綺麗ですね」
その、彼の言葉に私は我に返る。
「あ・・・こんな素敵なところに連れてきてくれて、本当にありがとう」
私は、感極まって声が震える。
「いいえ。あなたとふたりで見ることができて、僕は本当に幸せです」
そう言うと、彼はにっこりと微笑んだ。
ただ、その笑顔は、なぜか少し寂しそうに見えた。
さっきのは気のせいだったのかな・・・帰り道、特に普段と変わりのない彼を見て私は思う。
「今日は、ほんとに楽しかったねぇ」
私が、今日のことを振り返りながら歩いていると、突然、彼が足を止めた。
「え?どうしたの?」
驚いて、私も歩くのをやめる。
すると、彼は少し恥ずかしそうに、こう言った。
「あの・・・手、繋いでもいいですか?」
彼の意外な言葉に、少し戸惑ったものの、私は、すぐに返事をする。
「うん」
すると、彼の表情は、一気に明るくなり、そのまま私の手をとった。
そして、そっと握る。
「わ・・・あったかい」
彼の手の温もりに、私はなんだかほっとした。
「夏緒里さんは、相変わらず、冷たいですね」
と、彼は、少しいたずらっぽくそう言った。
「あ・・・ごめんなさい・・・」
私は、初めて彼に出会った時のことを思い出した。
「いいんですよ。あなたの手が温かかったら、僕たちは再び出会わなかったかもしれないんですから」
彼も、同じことを考えていた。
私の手が温かかったら、マフラーを借りることもなかっただろう。
「私、冷たい手で良かった」
私は、嬉しくなってそう言うと、彼は、こう続ける。
「あなたを温めるのが、僕の役目ですから」
私たちは、なんだか可笑しくなって同時に吹き出した。
この時間がずっと続いてほしい。
私は、彼の温かな手をぎゅっと握りしめた。