~第54章 僕と彼女の歯車~
最愛の人にプロポーズした4月4日。
その時は、彼女を奪われるのではないかなんて、考えもしなかった。むしろ、自分が試験に合格するまで待っていてくれるか、そのことだけが不安だった。
それから一週間経って、彼女の、とある変化に気づき、彼女から僕以外の男性と会いたいと言われた時も、平気だった。
なぜなら僕は、彼女のことを愛し、信じているから。
しかし、それから2日経って、彼女に連絡を入れた時、彼女のその慌てて何かを隠そうとする声に、僕は、もう彼女は僕の元へ戻ってこないのではないかという不安にさいなまれた。
彼女・・・夏緒里さんの、とある変化。
それは、僕以外の人間のことで、頭も心も満ちていること。
「ねえ、春樹・・・何も聞かないで頼まれてくれないかな?」
僕は、学校の帰り道、先程教室で別れたばかりの春樹に電話をする。
「ん?どうしたんだ?桐谷。改まって」
春樹の優しい声に、僕は思わず涙が出そうになるのを堪え、静かにこう告げた。
「今夜、もし僕の両親から電話があった時には、春樹の家に泊まると伝えてくれる?両親には、そう伝えてあるから、連絡はこないと思うけど」
「は?なんだよそれ、どうしてお前そんなこと・・・って、桐谷、お前今どこにっ・・・」
用件を伝え終わった僕は、春樹の話を聞くこともなく、電話を切った。
「ごめんね・・・春樹・・・」
僕は、これからどうしようというのだろう。
とにかく、ずっとずっと夏緒里さんのそばにいたい。
その気持ちだけで、僕は昨日約束した、彼女の職場へと急ぐのだった。
彼への罪悪感。
それは、彼と電話で話した翌日もまだ続いていた。
彼、桐谷くんからのプロポーズ、凄く嬉しかった。
だって、私は彼のことが好きだから。
こんなに簡単でわかりやすい理由があるのに、それでもなお、彼以外の男性に惹かれ、徐々に私の中を埋め尽くしていくのは何故か。
勘の鋭い桐谷くんのことだから、私の気持ちなんてとうに勘づいていることだろう。
それなのに、何故、私はまだ部長に会う約束を取り消さないでいるのか。
私は部長のことが好きだから。
どう考えても、その理由に行き着いてしまう自分に、吐き気がする。私の、このどっち付かずな気持ちは、必ずふたりを傷つける。そう、わかっているのに、私は部長への気持ちをおさえられなかった。
もうすぐ桐谷くんが迎えにきてくれる。
以前の私なら、朝から浮かれているだろう。
それなのに、今の私には、そんな面影すらもなかった。
このモヤモヤした気持ちを、誰にぶつければいいのか。私は、それすらも全く検討がつかない状態であった。
彼は、私に会って何を語るのか、そして、私は何を語るのか。
私は、いつの間にか終わっていた勤務時間に気付き、ゆっくりと立ち上がると、足取り重くロッカーへと向かうのであった。




