~第52章 答え、そして・・・~
「いいですよ」
それが、私の年下の彼氏、桐谷冬真からの返事だった。
微動だにせず、真っ直ぐに見つめる彼の眼差しに耐え兼ねた私は、オフィスでの一之瀬部長との件を彼に話した。
独占欲の強い彼は、絶対にイエスと言うはずがない。そう確信していた矢先の、まさかの一言だった。
「え・・・今なんて?」
「いいですよ。1日だけ、一之瀬さんの所に行っても」
聞き間違いかと、再び確認したが、やはり彼の答えは同じだった。
「な、なんで?どうして、許すの?部長と何かあったの?」
私は、ライバルであろう部長に会いに行ってもいいと言う、彼の本心をどうしても知りたくて、彼に問いただした。
すると、彼は、ふうっと軽く溜め息をつき、こう言った。
「会わなくていいのなら、その方がいいですけど・・・いいんですか?」
柔らかい微笑みを浮かべ、その大きく温かな手のひらで、優しく私の頭を撫でてくれる彼。
「・・・桐谷くん・・・ありがとう」
心地よい彼のその温もりに包まれ、私は彼の好意をありがたく受けることにした。
と、ほんわか温かいムードはどこへやら。
突然、彼は、私の唇に自身の人差し指をそっとあてたかと思うと、あの小悪魔的な笑みを浮かべながら、こう囁いた。
「ただし、また変なことされたらその時は・・・ね」
その笑顔であって笑顔でない彼に、私は恐る恐るその台詞の続きを尋ねる。
「そうですね・・・それこそよくドラマなんかであるように、あなたの体で払っていただきますよ」
と、にっこり。
「っっっっっっ!!」
その言葉と、満面の笑顔に私は、声にならない声を発するのであった。
次の日、オフィスに到着した私は、早速パソコンを開き、一之瀬部長にメールを送る。
(先日の件ですが、お受けしたいと思います。
よろしくお願いいたします。
葉月 夏緒里)
すると、前回と同じ様に、すぐに返信がきた。
その内容は、シンプルなもので、ありがとうございます。と、いう言葉と、これ以降の連絡は、下記にお願いいたします。と、いう言葉。そして、そこには、一之瀬部長の携帯電話らしきアドレスと電話番号が記載されていた。
私は、その連絡先をメモ帳に書き写すと、制服の胸ポケットへとしまう。そして、そのメールを消去した。
前回の件がある。ましてや、彼のプライベートな連絡先が、他人に知れるわけにはいかない。
それが、本当に彼の仕事以外での連絡先なのかは定かではないが、少なくともみんなが知らないであろうことを部長が私に教えてくれたことが、嬉しかった。
知っているのは私だけならいいのに・・・そんな気持ちさえも生まれてきた。
こんなこと、誰にも言えない・・・とりあえず、仕事が終わったらメールしよう。そう自分に言い聞かせ、胸の高鳴りを落ち着かせた私は、早く夕方になれと願いながら今日の仕事に取りかかったのである。




