~第5章 約束の日~
そして運命の日曜日。
学園都市駅にひとり降り立った私。
緊張しすぎて30分も前に着いてしまった。
「マフラーもちゃんと持ってきたし、よし!返すだけ返すだけ!」
私は、自分で自分に気合いを入れる。
お店は駅前だから、迷うこともないし、待ってる間にもう一度気持ちを落ち着ければ完璧。
と、私は、約束の店のドアを開けた。
店に入り、空いている席に案内してもらおうとした時、店員は私にこう尋ねた。
「桐谷様のお連れの方でしょうか?」
桐谷様の・・・お連れの方!!??
思いもよらない問いかけに、私はそのまま店員の台詞を復唱した。
ふと、室内に目を向けると、窓際の席からこちらを見つめ手を振る人物がいる。
そう、この時間にはまだいないであろう人物。
桐谷と呼ばれるあの青年だった。
私が、慌てて席につこうとすると、青年は私の椅子をひき、腰かけさせてくれた。
出だしから調子が狂った私は、店に入る前の気合いとは裏腹に、まともに顔すら見ることができない。本当に最悪パターンだ。
「こんにちは、お姉さん。来てくれてありがとうございます」
何もできず俯いている私に、青年は優しい声で話しかけた。
「あ・・・私の方こそ、来てくれて・・・ありがとうございます」
私は、またきちんと挨拶すらできない。
すると、青年はにっこりと微笑み、こう言った。
「何か飲みましょうか」
「・・・はい・・・」
青年は、とりあえず、と、紅茶を2杯注文する。店員にミルクかレモンかストレートかを聞かれ、私は、彼と同じくミルクと答えた。
「好み、同じですね」
そう言うと青年は、またにっこりと微笑む。
本当に優しい笑顔。
私は、この笑顔に惹かれたのかもしれない。
と、いうかこの笑顔に惹かれない女性はいないだろう。
私が、ぼんやりとそんなことを考えていると、先程注文した紅茶が運ばれてきた。ふわっと香る花の香りと甘いミルクの香り。
「わぁ、いい香り」
私は、その優しい香りに少し緊張がほぐれる。
「気に入っていただけましたか?」
そう言って、青年はにっこりと微笑む。
「はい」
私も、思わず微笑んだ。
「・・・良かった。これはカモミールの香りですよ。カモミールにはリラックス効果があるんです。イタリアではよく夕食後に飲まれるそうですよ」
「あ・・・」
もしかして私が緊張してたから?
と、聞けずにいると、青年は優しくこう言った。
「あなたが随分と緊張しているようでしたので・・・」
「あ・・・ありがとうございます。いつも私のこと気にかけてくれて・・・本当にありがとう」
そう言った私は、マフラーのことを思い出した。
私は、立ち上がり、青年の隣に立つと、マフラーの入った紙袋を渡した。
「あの、先日は本当にありがとうございました!ずっと借りたままになってしまって本当にすみません」
と、私は頭を下げる。
「・・・いいんですよ、僕が勝手にしたことです。だから、謝らないで。頭を上げてください」
青年の言葉に、私は顔を上げた。
ふと、青年を見ると、その顔はどこか緊張しているかのように見えた。
もしかして、怒ってるのかな・・・?
私が、少し不安になっていると、青年はその表情のまま私にこう言った。
「少しデッキに出ませんか?」
デッキに出た私は、冷たい風に身を縮める。
青年は、黙ったまま海を眺めている。
やっぱり、ずっと借りっぱなしにしてたの、怒ってるのかな。何も話さないなんて初めて。
そう思い巡らせた私は、きちんと謝ろうと口を開く。と、同時に彼は、こう言った。
「寒い、ですよね。すみません・・・緊張しているのは、本当は僕の方なんです」
「え・・・?」
彼の方が緊張している?・・・なぜ?
「それを、あなたのせいにしてしまって・・・僕って、ダメですね」
青年は、そう言って、ハハっと力無く笑った。
初めて触れる彼の複雑な心境に、私はとっさに励ます。
「あ、いえ、私も緊張していました。でも、あのカモミールティーの香りで本当にリラックスできたんです。だから、あなたは何も悪くありません」
「・・・あなたは、本当に優しい人ですね・・・」
と、青年は、切なさの残る顔で少しにっこりと微笑んだ。
そして、ふぅっと深呼吸をすると、真剣な表情で真っ直ぐに私を見つめて言った。
「僕と、付き合ってください」
・・・・・・え・・・?・・・いま何て・・・・
私は、何を言われたのかわからず、声にならない。
真っ直ぐに見つめてくるその澄んだ瞳を見つめながら、私はようやく理解し、こう答えた。
「はい・・・喜んで」
と、次の瞬間、青年は驚いた表情をしたが、すぐににっこりと微笑み、こう言った。
「ありがとう!すごく嬉しいです」
その素直な言葉に、私も心から嬉しくなった。
夕日に染まった彼の笑顔は、まるで天から舞い降りた天使のように、美しく輝いていた。
帰り道、私たちは初めてお互いの名前を知った。
ただ、私が彼の苗字だけは知っていたことを話すと、それは彼も気づいていた。
駅に着き、列車の時刻を確認する。私の家と彼の家は反対方向のようだ。
「今日は、ありがとうございました。まさかこんなことになるなんて、考えもしなかったです」
私は、カモミールティーのおかげなのか、珍しく落ち着いて話すことができた。
「僕の方こそ。絶対に断られると思っていたので、とても驚きました。だから、はい、と言ってくれた時、本当に嬉しかった」
そう言って彼は、にっこりと微笑む。
「あ、あの、桐谷さん」
私は、ずっと気になっていたことを尋ねようと、初めて名前を呼んでみる。すると、青年はにっこりと微笑み、こう言った。
「さん、じゃなくて、せめて・・・くん、でいいですよ」
私は、そう言われ、言い換える。
「あ、桐谷くん・・・」
「なんですか?」
と、彼は少し照れくさそうに笑う。
「あの、桐谷くんは、その、年はいくつなんですか?」
私は、思い切って尋ねた。すると、青年はこう答えた。
「僕ですか?僕は、22歳。この丘の上にある大学の学生です」
学生・・・やっぱりそうだよね・・・。
私は、勇気をだして、気になることを全てきちんと確かめておくことにした。
「あの、私は27歳のOLです。学生さんから見ると多分、かなり年上に感じると思うんですけど・・・本当に私なんかでいいんですか?」
私の質問に、彼は少し寂しそうな顔で、こう答えた。
「年上の女性だということくらい、僕にもわかっています。でも、僕は年齢なんて関係なく、あなただから好きになった。あなたは・・・夏緒里さんは、学生の僕だとダメですか?」
その言葉に私は、思わず涙が滲んだ。
私自身を好きだと言ってくれる彼の言葉に、ただただ嬉しかった。そして、自分がいかに浅はかな考えをしていたのかと思うと、恥ずかしさでいっぱいになった。
「あ・・・ごめんなさい。私、年齢のことばかり気にしていて、それであなたには相手にされないと思っていました。私も、あなたが年下だとわかっていたけど、好きになった。初めて会った時からずっと・・・好きでした」
私は、もう、恥ずかしくても今まで思っていたことを全て伝えた。
すると、彼は、少し沈黙した後、微かに笑いながらこう呟いた。
「・・・ふふ・・・先に、言われちゃいましたね」
そして、一呼吸置いたのち、にっこりと微笑みこう言った。
「僕も、初めて会った時から、あなたのことがずっとずっと好きですよ」
私は、彼からの思いもよらない言葉に、嬉しくて滲んでいた涙がこぼれ落ちた。
「あ、あの・・・すみません。僕なにか変なこと言いましたか?」
と、慌てる彼。
「違うんです・・・嬉しくて・・・」
私が、そう伝えると、彼は、ふっと柔らかい表情になり、その細く綺麗な指で私の涙をそっと拭ってくれた。
「本当に・・・あなたって人は、可愛い人ですね」
そして、彼は、そう言うと私の頭を優しく撫でてくれた。
乗るはずの電車は、とうに行ってしまった。
それでも、私たちは、ふたり一緒にいるこの時間を、大切にしたかった。