~第44章 二者択一~
無事退院したものの、右手は未だに痛む。
次の日、オフィスに来た私は、上司やみんなに謝罪し、一之瀬部長にお見舞いにきてくれたことへのお礼のメールを送った。
私がいない間、秋紀が、仕事をこなしておいてくれたおかげで、驚くほど滞りなく仕事が進んだ。
「秋紀、いろいろ迷惑かけて、ほんとごめんね。入院中もすごく助かったよ。ありがとう」
お昼休み、私は秋紀に改めてお礼を言った。
「夏緒里ぃ、そんな何回も謝らなくっていいよ。わざと体調悪くなったわけじゃないんだしさぁ。それに、ほんと元気になって良かったよ!」
秋紀は元気な声でそう言うと、嬉しそうに、ぎゅっと私に抱きついた。
「秋紀・・・秋紀ってほんと凄いよね。人の仕事もこなしてくれて、気が利くし美人だし、ほんといい奥さんになりそう」
「ちょっと、なになに!?そんなに誉めても何も出ないよぉ?どうしたの?まだ体調良くないの?」
私は、入院中の様々な出来事に、気持ちの整理がつかないでいるようだ。
そんな時に、私とは正反対の『できる女』、秋紀の存在はキラキラと輝きすぎている。
「体調は、悪くないんだけど・・・なんか色々あって・・・」
痛む手首のせいでお弁当が作れない私は、コンビニで買ったカップスープをゆっくりとかき混ぜた。
「色々って・・・桐谷くんのこと?それとも・・・部長のこと?」
部長、と聞いて、胸の鼓動がドキリと大きな音をたてる。
「夏緒里が倒れた時、パソコンに開いてあった部長からのメールを見てね。処分って書いてあったから、それだけはやめてくれって頼んだんだ。そしたら、夏緒里と話したいって言われたから入院してますって場所を教えた。あの様子だと、部長、あんたの所に来たでしょ?何があったかは知らないけど、処分するって感じでもなかった。でも、もし来てほしくなかったんなら、勝手なことして、本当にごめんね」
先程までの明るい秋紀とは違って、真剣な表情をし、落ち着いた声で説明する彼女。
そんな彼女に、私も落ち着いて話し始める。
「秋紀が謝ることないよ。むしろ部長にちゃんと謝罪できて良かった。あの合同の飲み会でね、私が帰ってたら、部長が駅まで送ってくれた。彼、桐谷くんと同じように寂し気な目をするの。それで、思わず部長を抱きしめた。部長にはその件を謝ったんだ」
「もしかして・・・それ桐谷くんに見られたり、してないよね?」
秋紀は、私の話を聞いて不安そうに問いかけた。
「うん、見られた。でも、なんとか解決して、もう大丈夫。でも・・・入院中に部長が来てね。私のこと・・・好きって・・・」
「す・・・それってすごいことじゃないの!!桐谷くんも部長もどっちもイケメンしかもどっちに転んでも玉の輿間違いなし!!」
秋紀は、一気にテンションが上がりそう叫んだ。
「ちょっ!!秋紀、声おっきいって!!」
「あ・・・ごめんごめん。なんか嬉しい誤算だなぁと。で、あんたはどっち取るわけ?もちろんあんたのことだから、桐谷くんにしか目がないよね?」
ニヤニヤしながら私を茶化す秋紀。そんな秋紀に私は、彼女の予想に反する答えを投げかける。
「それが・・・なぜか部長に迫られても嫌じゃなくて・・・」
私の答えは、やはり彼女の予想に反したようで、秋紀は口を開けたまま身動きひとつ取らない。
「え・・・えぇっっっ!!!!!」
「あ、秋紀、声おっきいってっ!」
驚愕する秋紀の叫び声に、オフィスに残ってお昼をとっている社員たちは一斉にこちらを見た。
「あ、ごめん。いや、あんたがあまりにもびっくりすること言うから・・・それって上司だから逆らえないとかじゃなくて?」
「う・・・うん。なんでだろう・・・なんかプラス思考の桐谷くん、みたいな感じで・・・なんだかふたりは似ている気がするんだ」
「それって、要は桐谷くんが好きってことじゃない?桐谷くんに似てるから抱きしめちゃうし、桐谷くんに似てるから迫られても嫌じゃない」
もやもやと考えている私に、秋紀は、あっさりと結論を出す。
「え?そうなのかなぁ?でも、似てるけど部長といる時は、桐谷くんのことは・・・」
そう言いかけて私はハッとする。
「考えるでしょ?部長といても桐谷くんとかぶる。つまり、ベースは桐谷くん、あんたの理想は桐谷くんなのよ」
「確かに、桐谷くんが理想だし、桐谷くんが好き。だから、桐谷くんがふたりいたら、私はどちらにも逆らえない・・・どうしよう、秋紀」
私は、たちまち別の不安にさいなまれ、弱々しい声で秋紀に尋ねた。
そんな私に答えを求められた秋紀は、少し考えてから私にこう言った。
「それは、夏緒里がどっちとずっと一緒に居たいか、でしょ。・・・それにしても、贅沢な悩みだねぇ」
私は、結局は桐谷くんが好きなんだと秋紀に気づかされたことで、このすっきりしない気持ちから解放された。
しかし、今また別の問題が浮上し、私は再び思い悩む。
贅沢な悩み・・・まさにその通り。
ふたりが私とずっと一緒に居たいと思っているかは定かではないが、私の心はひとつに決めておかなければ。
そんなことを考えていると、昼休みはあっという間に終わりを迎えたのである。




