~第43章 退院で顔合わせ?~
「夏緒里さん、お待たせしてすみません」
ふたりが部屋を出て行ってから30分余りが経過した頃、桐谷くんが戻ってきた。
「ううん。大丈夫・・・部長、桐谷くんに何かひどいこと、言わなかった?」
「ええ・・・」
「そっか。それなら良かった」
病室を出た時とは打って変わって、落ち着いている彼。
その様子は、言い争いに勝ったとか負けたとかいうものではなく、もやもやしていた気持ちが落ち着いた、というように見える。
だが、私のそばにある丸椅子に腰掛けた彼に、明るい笑顔はない。
どこか、思い悩んでいるような、そんな気配さえ感じられた。
「夏緒里さん・・・」
「うん?」
彼は、しばらく沈黙した後、私の手の甲に自分の手のひらを重ね、静かにこう問いかけた。
「夏緒里さん、退院したら何かしたいこと、ありますか?」
その質問に、私はここに運ばれた時に見た夢を思い出す。
「退院したら・・・私、桐谷くんと桜を見に行きたいな・・・」
それから、桐谷くんは毎日私の所へ来てくれた。
そして、あっという間に退院の日を迎える。
桐谷くんと、私の母と妹が病室に迎えに来てくれた。
「では、夏緒里さん行きましょうか」
「うん」
向かう先は、ミーティングルーム。患者の家族らに病状や治療方針などを説明する部屋だそうだ。
私が、桐谷くんのお父さんに一言お礼を言いたいと言うと、彼は忙しいお父さんと時間を調整してくれたのだ。
「失礼します」
彼は、ミーティングルームのドアをノックし、扉を開ける。
室内には、オフィスのミーティングルームと同じような長机と椅子、そしてホワイトボード、パソコンが一台置かれていた。
「この度は、大変お世話になりました。病気ではないにも関わらず、休ませていただきまして、本当にありがとうございました。おかげさまで元気になりました!」
私は、部屋に入るなり、桐谷くんのお父さんに感謝の気持ちを伝えた。
職場だからなのか、白衣だからなのか、初めて会った時よりも、きりっとした印象を受ける。
「回復なさって良かった。病気ではないというのは、検査した結果であって、検査するまではわからないことですよ。それに、貧血も栄養失調も十分治療する必要がある。右手はまだ少し通院しなくてはいけませんしね」
そう言ってお父さんは、私に柔らかく微笑んだ。
「先生にこんなに目をかけていただいて、この子は本当に幸せ者です。本当にありがとうございました」
私の母も、お礼を言い深々とお辞儀をした。
「夏緒里さんのお母様でいらっしゃいましたか。いつもうちの息子がお世話になっております」
「え・・・息子さん、といいますのは・・・」
「冬真、きちんとご挨拶なさい」
彼のお父さんの言葉に、たじろぐ私の母。そして、それに気づきびっくりした様子の海紗都。
そういえば、彼も私も院長先生が桐谷くんのお父さんだと、伝えていない。
「黙っていて、申し訳ありません。ここにいる院長は、私、桐谷冬真の実の父でございます。私も父にならい、医学の道を志しております」
「そ、そうでしたか。そうとも知らず、私ったら・・・大切な息子さんに夏緒里の面倒を見させてしまい、申し訳ありません」
しばし固まった母だったが、ようやく事の流れを理解したのか、入院中、私の面倒を見させたことを謝罪する。
「お母様、謝罪するのは、こちらの方です。息子が黙っていたようで、驚かせてしまい申し訳ありません」
「いえ、とんでもございません。あの・・・院長先生は、息子さんとうちの娘のこと・・・」
「ええ、先日、お嬢様が我が家に遊びにいらした際に、息子から聞いております」
落ち着いた様子で答えていく彼のお父さんと、院長先生の息子と聞き、焦る私の母。
「それはそれは、うちの娘がお邪魔をいたしました。それで・・・あの・・・不躾な質問で申し訳ないのですが・・・うちの娘で大丈夫なんでしょうか?」
お母さん、私も何回もそれ考えた!私と桐谷くんじゃ違いすぎるよね。今回のことで、自己管理がなってない女はダメだとか言われたりするかも・・・。
なんだか急に不安になり、彼のお父さんの返事を待つ。
「お母様。むしろ、その逆ですよ。うちの息子で大丈夫かと、いつも心配しております。夏緒里さんは、冬真には勿体無い程の、とても素敵なお嬢様でいらっしゃいますよ」
「あ・・・ありがとうございます!!」
私は、彼のお父さんの言葉に、感極まって思わずお礼を言った。
「あの・・・うちの娘でよろしければ、どうぞ末永くよろしくお願いいたします」
母は、そう言うと深々と頭を下げる。
「こちらこそ、未熟な息子ですが、どうぞよろしくお願いします」
お礼を言うだけのつもりが、なぜか両家の顔合わせのようになってしまった。
親同士が深々とお辞儀し合っているのを見ていると、なんだか少し照れくさくなり、私たちは顔を見合わてこっそり笑った。
自分を認めてもらえることの喜びに、私たちは嬉しくなり、そっとふたり手を繋いだ。




