~第40章 彼の気持ち~
「えっと・・・なんだか騒がしい家族で、ごめんね。しかも、初対面なのに変に馴れ馴れしいし・・・気を悪くしたでしょう?」
私の家族が帰った後、再び静けさを取り戻した部屋に、私の物怖じした情けない声が響く。
桐谷くんは、というと、母が出て行ったドアの方をただ静かに見つめていた。
ふたりだけしか居ない病室。
時計の秒針が時を刻む音だけが、こだまする。
その音に、ふと目をやると、ちょうど14時を少し過ぎたところだった。
暫くして、沈黙から大きな溜め息をついた彼は、ようやくこちらを振り返り椅子に腰掛けると、少し緊張した面持ちで私にこう言った。
「ふぅ・・・僕、珍しく緊張してしまいました。夏緒里さんのご家族にまさかこんな所でお会いするなんて、思ってもみなくて・・・」
「え?緊張?桐谷くん、全然そんな風には見えなかったよ。それどころか、すごく礼儀正しくて・・・かっこよかった・・・」
私は、言い慣れていないせいか、やはり語尾が小さくなる。
「本当ですか?はぁ・・・それなら、良かった」
私の言葉に、再び安堵したように溜め息をつく彼に、私はまたもや胸がキュンとなる。
「でも、夏緒里さんが、素直で可愛らしいわけがわかりました」
「え・・・」
「夏緒里さんにはあんなにも本音で語り合え、心から心配してくれる家族がいる。両親とうまくいっていなかった僕からみれば、本当にうらやましい・・・温かい家族」
そう言って、寂しそうににっこりと微笑む彼に、私はときめいた心をさらに鷲掴みにされる。
「桐谷くん・・・今まではご両親とうまくいってなかったかもしれない。でも、今は違うよね。桐谷くんはひとりじゃない。頼りにはならないかもしれないけど、私も側にいるよ。ご両親とも、今まで作れなかった分の思い出、これからたくさん作っていこうよ」
「・・・夏緒里さん・・・それって・・・」
「ん?」
私を見つめ、微かに震えている彼は、こんなことを言う。
「それってもしかして・・・逆プロポーズ、ですか?」
「・・・・・・・・・逆プ、プ、プ、プロポーズぅ!!??」
「はい」
「えっと・・・どの辺りが・・・」
にこにこと微笑む彼に、私は慌てふためいて聞き返した。
「頼りにならないかもしれないけど、これからもずっと私と一緒に思い出作ろうね、ってことですよね?」
なるほど、彼の中で、綺麗に要約されたわけだ。
「いや、あの・・・確かにずっと一緒に居たいけど、その・・・プ、プ、プロポーズとかいうわけではなくて・・・」
彼の嬉しそうに微笑む姿に、私は逃げ腰でそう答えた。
「・・・なぁんだ。残念」
笑顔すら崩さず意外とあっさり引き下がる彼に、私は拍子抜けすると同時にほっと胸をなでおろした。
それから暫くして、ドアをノックする音と共に、秋紀が私の荷物を持ってきてくれた。
身の回りの物と飲み物まで持ってきてくれた上、仕事の調整までしておいてくれたらしい。だから、心配いらない、ゆっくり休んでと言い残して、秋紀は颯爽と去っていった。
「そうだ、夏緒里さん。入院に必要な書類を提出しないといけません。僕が代筆しようと思いますので、わからないところは、教えていただけますか?」
彼はお昼にゼリーを買いに出た時に貰ったらしい書類を、ベッド脇の小さなテーブルの上に広げた。
「うん。でも、私自分で書こうかな・・・っっ!!!」
「夏緒里さんっ、大丈夫ですか?無理しないで・・・」
書いてもらうのは申し訳ない、と、ペンを掴もうとした私は、再び手首に痛みが走る。
「ごめん・・・桐谷くん、お願いします」
「はい。任せてください」
彼は、そう言うと、綺麗な外見に相応しい美しい字で、書類を書き始めた。
「夏緒里さん?」
「あ、そこはね・・・」
不明な点があったのだと、私は書類を見て答えようとする。
「大丈夫。知っています」
「え?じゃあ・・・こっちがわからないのかな?」
それでも知っているという彼に、私は次の項目を探すが、全て書き終えている為、他に見当たらない。少し戸惑いの色を見せる私に、彼は静かにこう言った。
「いえ・・・こうしていると、なんだか、夏緒里さんの旦那さんになったみたいだなぁと思って」
「・・・え・・・?」
「ふふ、僕の願望・・・ですよ・・・。さて、僕はこれ、受付閉まる前に出してきますね。あと、退院までのスケジュールと・・・夕食、近くのコンビニで何か買ってきます。と、言っても夏緒里さんは、入院食ですので僕の分ですが」
そう言って、支度を始める彼。コンビニ、彼も利用することがわかって、少し親近感がわく。
「桐谷くん、ありがとう。私も・・・その・・・桐谷くんが旦那さんだと、嬉しいな」
私のその言葉に、彼は身支度を整える手が一瞬止まったが、すぐに再開し、私を見つめにっこりと微笑んだ。
「夕食までまだ少しあるので、それまで少し休んでいてください。では、ちょっと行ってきます」
彼は、優しく私の頭を撫でると、そう言い残して病室をあとにした。




