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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
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~第39章 予期せぬ訪問者~

「夏緒里さん、あーんしてください」



「う・・・うん・・・」


「はい、あーん」



暫くして、とりあえず落ち着いた私は、食欲がなくても食べられそうだと、フルーツのゼリーを桐谷くんにお願いした。


しかし、左手は点滴、右手は捻挫の私は、有無を言わさず桐谷くんが食べさせてくれることに・・・。



「夏緒里さん、美味しいですか?」


「うん、美味しい。ありがとう桐谷くん」


「良かった」



私から美味しいと聞いた彼は、嬉しそうににっこりと微笑む。



「だけど、本当に良かったんですか?病院の売店のもので・・・」


「うん」


「ゼリーならやはり洋菓子専門店の方が・・・」


真面目な顔をしてそんなことを言う彼。


この感じだとコンビニとか行ったことない、なんて言うのかも・・・きっとまだまだ私の知らない裕福な家庭の風習みたいなものがあるんだろうなぁ・・・


まあ、こんな風に真面目な顔して私がびっくりするようなことを言う、そのギャップが私にはとても可愛らしく思えるんだけど。



頭の中で、私のまだ知らない桐谷くんを想像していると、ふいにその彼に呼びかけられる。



「夏緒里さん?」



「あ!えっと、ほら、そんな美味しいものだと残したら勿体無いから・・・ね」



私は、慌てて話を合わせる。すると、彼はまたもや予想もつかない事を言い出した。



「勿体無い?それなら、夏緒里さんが残した分は、僕が食べますよ」



「えっ!?」



それって、私の事が凄く好きだって言ってるようなものなんですが・・・とは言えず、にっこりと微笑んでいる彼に、私は動揺を隠せない。



「でも、ほら・・・一度口つけたものだから、汚いでしょ?」



焦って説明する私を、彼は再び真面目な顔でじっと見つめたかと思うと、にっこりと微笑み思わぬ行動に出る。



「汚くなんかないですよ。だって・・・一緒でしょ?」



「一緒?何・・・が・・・」



彼の台詞の意味を聞き返そうとする私だったが、その唇は突如として、彼の唇により塞がれた。



あまりに突然のことで、唇が離れても呆然とする私に、彼はにっこりと微笑む。



「こういう事、と・・・ね?」



「あ・・・」



私は、恥ずかしいのに、彼から視線を逸らせない。



「さ、続き食べましょうか」



そんな私を知ってか知らずか、彼はあっさりとゼリーの続きをスプーンにのせ、私に差し出した。


「あの・・・桐谷くん・・・」


「はい、なんでしょう?」



「桐谷くん・・・私が抵抗できないのを知ってて・・・」



「ふふ、嫌だなぁ。僕、そんな卑怯なことはしませんよ。夏緒里さんの食べ残しを食べるという事は汚くないんですよって、ただわかりやすく教えただけです」



と、再び満面の笑み。



「そう・・・ですか・・・」



その笑顔に私は妙に納得してしまう。



「わかってもらえて良かったです。では、はい、あーん」



引き続き素敵な笑顔でゼリーを勧めてくる彼に、私が口を開けた時、突然病室のドアが開かれた。



「夏緒里!!・・・あら?お邪魔したかしら」




そう言って、開いたドアの前でふふふと笑う人物。それは、私のよく知る人物。



「・・・・・・お、お、お、お、お母さん!!!!」



「はい?お父さんと海紗都もいるわよ」



「・・・夏緒里、大丈夫か?・・・」



「お姉ちゃん、大丈夫?って・・・病院の人?ちょっ、マジかっこいいんだけど・・・」



母の後に続き、父と妹までもが病室に揃った。



「ええっと、そちらは会社の方でしょうか?私共はこの子の両親と妹です。いつも、夏緒里が大変お世話になっております」


そう言って、深々とお辞儀をし、彼に挨拶する私の両親たち。


そんな両親に、彼も深々と頭を下げ、挨拶をする。



「申し遅れました。私、夏緒里さんとお付き合いさせていただいております。桐谷 冬真と申します。私は、学生で、この病院の隣の大学に通っております」



「まあ、そうでしたか。夏緒里と・・・あの、つかぬ事をお伺いしますが、もしかして、電車の中でこの子を起こしてくださった方ですか?」



「お、お母さんっ!!」


母の突拍子もない質問に、彼は少し驚いた風だったが、すぐににっこりと微笑み、こう答えた。



「ええ。あのまま眠っていては、風邪をひくと思いましたので」



「やっぱり、そうでしたか。いやね、夏緒里に素敵な人が起こしてくれたって聞いたもんだから。その節は本当にありがとうございました。この子ったら、昔から電車に乗るとよく寝る子でねぇ・・・」



「ちょっと、お母さんっ!」



「なぁに、本当のことじゃないの」



「いや、そうだけど・・・」



母の口から、素敵な人という言葉が出てくると、私が自分で言ったとはいえ、本人を目の前にして恥ずかしくなる。



「そ、それより、どうしてここがわかったの?」



私は、咄嗟に話題を変える。



「秋紀ちゃんがね、あんたが職場で倒れたって連絡してきてくれたのよ」


「あ・・・秋紀が・・・」



私は、母の説明を聞いて、秋紀の気配りに感心する。



「でも、あんた大丈夫そうで安心したよ・・・こんなにかっこいい彼に看病してもらって、本当に夏緒里は幸せ者だねぇ!ねぇ、お父さん!?」



「・・・あ・・・ああ・・・」



「あら?お父さんたら、そんなに汗かいてどうしちゃったのかしら」



父の様子に全く気づく気配もない母と、あからさまに動揺する父。


そうだよね・・・お正月に、別れたって言ってから何も連絡してないんだもんね。驚いても仕方ない、か・・・。


「お母さん、ちょっとお父さんには刺激が強すぎたんじゃない?ちょっと外出とくね。すみません、桐谷さん。姉のこと、よろしくお願いします。お姉ちゃんも、無理しないでしっかり治してね。じゃあ、失礼します」



そう言って、妹は汗だくの父を連れ、病室の外に出て行った。




「ほんとにあの人ったら、桐谷さん、ごめんなさいねぇ。また今度ゆっくりうちにいらしてください。私は大歓迎ですから」



「ありがとうございます。また改めまして、きちんとご挨拶に伺います。本日は、立ち話で申し訳ありませんでした」



母の言葉に、そう言って深々と会釈をする彼は、落ち着いている上にとても礼儀正しい。そんな彼に、私はますます心惹かれていくのがわかる。



「あら、いいのよ。おばさん、立ち話には慣れてるから、ふふ。それより、夏緒里の面倒まで見させちゃって本当にすみませんねぇ。今度お礼に、ご馳走作って待ってますね。本当にありがとうございます。では、私はこれで。夏緒里、しっかりなさいよ。じゃあね」



そう言って、母は、病室を後にした。





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