~第38章 そんなあなたを愛している~
廊下を走る足音は、私のいる病室の前まで来たかと思うと、すぐに勢い良くドアが開かれる。
「夏緒里さん!!」
「桐谷・・・く・・・ん?」
私の名を叫び入室してきた彼。その彼の名前を私が最後まで言葉にする前に、私の体は彼によって強く抱きしめられていた。
「夏緒里さん・・・無事で良かった・・・」
彼は微かに震えた声で、そう言うと、抱きしめる腕にさらに力がこもる。
「桐谷くん・・・痛っ、痛いよっ」
綺麗で華奢な見た目とは違う彼の力強さに、やっぱり男の人なんだなぁと感心しながらも、押し潰されそうな痛さに咄嗟に私は声を上げた。
「あっ、すみません!痛かったですか?僕、夏緒里さんが無事な姿を見たら、嬉しくて、つい・・・」
彼は、バッと私から離れると、潤んだ瞳で私を見つめ、そう言った。
「私の方こそ、心配かけてごめんね。桐谷くんのお父さんにもお世話になったって、さっき秋紀から聞いたよ」
「ええ。父から連絡を受けた時は驚いて、一瞬頭が真っ白になりました。でも心電図も頭部CTも異常なし。頭を打ってなくて良かった。念の為、明日、脳波の検査予定が入っていますが」
「・・・ふふ・・・」
「夏緒里さん?どうかしましたか?」
「あ、ごめんね。なんだか桐谷くん、もうお医者さんみたいだなぁと思って・・・桐谷くんに診てもらったみたい」
私は、すらすらと説明する彼の様子に尊敬の念を抱きつつも、そう答えた。
「ふふ、そうですか?早く一人前になって、あなたのこと、きちんと助けられる医師になりたいです」
彼は、そう言うとにっこりと微笑んだ。
「もうお昼ですね・・・夏緒里さん、何か召し上がりますか?」
桐谷くんが来て、しばらく話している間に、気づけば12時半を回っていた。
私を気遣って優しく問いかける彼に、私は食欲がないことを告げる。
「えっと、私、最近なんだか色々あって、食欲なくて・・・」
すると、彼は、途端に悲しげな表情を浮かべてこう言った。
「僕が、夏緒里さんに感情をぶつけすぎたから、ですよね・・・。疲れさせてしまって、本当にごめんなさい」
しゅんと、頭を下げて謝る彼に私はこう説明する。
「ううん。桐谷くんが、何でも素直に話してくれるようになって、私すごく嬉しいよ。問題なのは、私自身の弱さ。桐谷くんは、頑張りやさんでいつも私のこと守ってくれる。でも、私はそれに見合うようなこと、全然できてない。部長のことだって、こうして私がここにいるのだってそう。それどころか、あなたの足を引っ張ってると思う。本当にダメな私が、これからどうすればいいか・・・考えれば考える程、食べる気がしなくなって・・・」
私は、自分で話しながらも、つらくなり涙が溢れ出た。
そんな私の涙を、彼はその指で優しく拭ってくれる。
「夏緒里さんは、ダメなんかじゃない。いつも、こんな僕の気持ちをきちんと受け止めてくれる。悩むのは、相手を大切に思っているからでしょう?どうすればいいかって、あなたはそのままでいい。何も変えなくても十分魅力的ですよ。だって、僕は、そんなあなたを愛しているんですから」
「・・・桐谷くん・・・」
彼の言葉に、私は自分の中の全てが浄化されたような気持ちになり、さらに涙が零れ落ちた。
そんな私を優しく抱きしめてくれる彼。
「桐谷くん・・・ありがとう・・・こんな私を、愛してくれて・・・ありがとう・・・」
思わぬ形で救いの手を差し伸べられた私は、暫くその温かな彼の胸から離れることができなかった。




