~第4章 気持ち~
デッキで動けずにいた私。しばらくして緊張の糸が切れた私は、ひとりベンチに腰掛け、そのまま眠ってしまったらしい。そんな私を、秋紀が起こしてくれ、そのまま帰宅した。
「私ってほんと、しっかりしてないよねぇ・・・」
私は、二度も誰かのお世話になってしまった自分自身に呆れ、重いため息をついた。
「あら、今頃気づいた?」
秋紀が、卵焼きをほおばりながら言う。
今日もまた、オフィスでランチ中の会話。
「それより、あんた昨夜はデッキでかなり冷たくなってたけど、最初から寝てたの?もう寒いんだから外で寝たら危ないわよ」
秋紀が、心配そうに私を覗き込む。
「ううん。私、最初は夜景が綺麗だからデッキに立って見てたの。そしたらあの人が突然現れて・・・あ!誰かが名前呼んでた!」
昨夜の出来事を思い返していた私は、大事なことに気付く。
「あの人って、もしかして、あの電車の青年!!??」
と、秋紀は、グイッと私の方に寄ってきた。
「そう。あの青年が突然、隣に現れて、で・・・で、日曜日またここで会えますか?って言った!!」
私は、すごいことを思い出し、絶叫した。
「えぇ!!!???あんたそれってデートの誘いじゃない!!!すごい、そんなことになってたなんて知らなかったわ。良かったね!!夏緒里!!」
一気にテンションが上がった秋紀は、私の背中を力強く叩く。
「で、名前は何て?」
「名前は、友達がドアのところから呼んでて、確か・・・谷・・・桐谷って言ってた」
私は、記憶を辿り、思い出す。
「桐谷・・・あ、私にもそれ聞こえたよ。若い男の子がデッキに向かって叫んでたの見た。・・・ってことは~・・・」
秋紀の言葉に、私もはっとする。
「もしかして、あの大学生集団の中にいたってこと!!??」
私たちは同時に、同じ言葉を発した。
「てことは、大学生!?他にお開きにするような集団いなかったしね。」
と、秋紀はまたもや私と同じことを考えていた。
「うん。でも、もしかしたら先生かもよ」
私は、有り得ない可能性を言葉にしてみる。
もし、大学生なら私みたいな年上の女、恋愛対象にはならないだろうな。
私は、そんなことを考えるほど、あの青年のことを好きになっていた。
と、いうよりは一目惚れだったのかもしれない。
日曜日、マフラーを返すだけだよね。私が持ってきてなくて困ってたから、返す日取りを決めてくれただけだよね。
本当に優しい人。
私は、今日もまた、切ない気持ちで昼休みを終えた。
ただ、マフラーを返すだけ。と、自分に言い聞かせてきた私。とはいえ、やはり着ていく服には悩む。
「はぁ・・・何着ていったらいいんだろ・・・」
と、私は、自宅の鏡の前で、ひとりファッションショー。
約束の日はもう、明日に迫っている。
――― そんなの、普通が一番よ! ――――
昨日の秋紀の言葉が、頭に浮かぶ。
「はぁ・・・秋紀が言うなら普通が一番いいのかなぁ」
私は、いつも着ている服を出した。ただ、その中でも一番自分が可愛いと思う服を。
「これで、いいよ・・・ね・・・」
ちょっと自信はないものの、ひとまず服も決まり少し安心する。
気づけば、もう夜中の1時をまわっていた。
「あ、もうこんな時間。お肌のシンデレラタイムが過ぎちゃう」
私は、急いでベッドに潜り込んだ。
明日は、本当に来てくれるんだろうか。普通に話せるだろうか。マフラー忘れないようにしなきゃ。また笑われないかな・・・。
そんないろいろな思いが頭を駆け巡り、なかなか寝付けない。
結局、美肌をつくるといわれるシンデレラタイムである午前2時を過ぎてから、やっと眠りについたのである。