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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
39/94

~第37章 手の温もり~

春。



桜、菜の花、たんぽぽ・・・色とりどりの美しい花々が咲き乱れ、ぽかぽかと暖かい。


聞こえてくるのは、小鳥のさえずり、木々のそよぐ音。


そして・・・愛しい人の優しい声・・・。



「夏緒里さん・・・僕と・・・」



彼との何気ない会話。


でもその言葉の最後を、春風が邪魔をする。


まるで天から舞い降りる雪のように、ひらりとひらりと舞い散る桜の花びら。



その花びらが彼の姿を掻き消しても、繋いだ手の温もりだけは消されることなく、私の手の中に残っていた。





「桐谷・・・くん・・・」






「夏緒里!?」




「あ・・・秋紀・・・」


「夏緒里ぃ!良かったぁ目が覚めて!!」


そう言って、秋紀は、私の体をぎゅっと抱きしめる。



「あの・・・私・・・」


目を覚ましたばかりの私は、状況をうまくのみこめずに辺りを見まわした。


白い天井、白い壁、白いカーテン。それに、微かに鼻につく消毒薬の臭い。



「ここは、学園都市の病院。あんた、オフィスで倒れて、救急車で運ばれたんだから」


「・・・救急車?」



「そう。ほんとびっくりした。貧血と、軽い栄養失調だって。疲れが溜まっているみたいだし2、3日入院したらどうかって」


「入院・・・」



秋紀の説明に、私は未だにすっきりしない頭で、彼女の言葉を反復した。


ふと自分の左手に目をやると、点滴が打ってある。そして、そんな私の手を秋紀は握っていた。



「あ・・・もしかして、秋紀、ずっと手を握ってくれてた?」



「うん。私のせいで、あんたが倒れたのかもって・・・ほんとごめんね・・・」


秋紀は、頭を下げて申し訳なさそうに謝った。



「ううん、秋紀のせいじゃないよ。・・・私、眠っている間に夢を見た。ぽかぽかと暖かいところで、桜が綺麗だった。桐谷くんが、何か私に言ってたけど、最後まで聞こえなくて・・・。でも、桐谷くんが握ってくれてた手のひらはずっと温かくて、心地よかった・・・でも、本当は秋紀が、握ってくれてたんだね。ありがとう」



私は、優しく微笑んだ。


「夏緒里・・・ほんとごめんね。許してくれて、ありがとう。でも・・・桐谷くんじゃなくて残念だったよね、ごめん」



秋紀は、柔らかい微笑みを浮かべた後、そう言っていたずらっぽく笑った。



「もう、そんなことないって。秋紀が居てくれて嬉しい」



「ほんとかなぁ、ふふふ」



なんだか、久しぶりに穏やかな気持ちで秋紀と話す。昔はこれが当たり前だったのに・・・


そんなことをのんびりと考えていた時、私は大変なことに気がついた。



「あ・・・!!」



そう叫び、寝ていたベッドから起き上がろうと右手をつく。



「っっっ!!!」


と、突然、私の右手に鈍い痛みが走った。



「夏緒里!大丈夫!?右手首ね、倒れた時に捻挫したんだろうって。でも軽い怪我だからすぐに良くなるって。言い忘れてた・・・ごめん・・・」



「秋紀!!私、パソコン!!」



私は、秋紀の説明も良く聞かないまま、そう叫んだ。


すると、秋紀は私の背中を優しくさすりながらこう答える。



「大丈夫。ちゃんと閉じておいたから」



「あ・・・良かった・・・」



私は、その言葉にほっと胸をなで下ろした。


その様子を秋紀は、じっと見つめていた。




「そうそう、夏緒里のこと診てくれたのが偶然、桐谷くんのお父さんだったよ。桐谷くんには連絡しとくって言ってたからじきに来ると思う」



「え・・・」



「入院するなら、私、着替えとか持ってこようか?」



「あ・・・うん・・・」


私がそう答えた時、誰かが走ってこちらへ向かってくるような足音が聞こえてきた。



「ほら、噂をすれば、じゃない?」



秋紀は、ニヤニヤと笑いながら丸椅子から立ち上がると、じゃあまたね、とウインクをして病室から出て行った。



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