~第36章 薄れゆく意識~
次の日、オフィスに到着した私は、一之瀬部長に昨夜の出来事を謝罪しようとパソコンを立ち上げる。
すると、新着メールの中には既に部長からのメールが届いていた。
それは、事務的とも、私的とも言い難いシンプルなものだった。
(葉月さん
昨夜は、お疲れ様でした。体調はいかがでしょうか。来月、年度始めの会議の為、またそちらにお伺いします。よろしくお願いします。
一之瀬 京也)
よろしくって・・・上層部の会議に私なんかが出ることはないと思うけど・・・
と不意に、昨夜の部長の寂しげな笑顔が蘇り、私は触れられた唇に触れた。
まさかね・・・
とにかく、謝罪しないと・・・
(一之瀬 部長
昨夜は、お疲れ様でした。お酒が入っていたとはいえ、数々の無礼を働き、大変申し訳ありませんでした。いかなる処分も受ける所存でございます。おかげさまで、体調は良好です。来月、お待ちしております。
葉月 夏緒里)
色々考えてやっと送信したメールだったが、すぐにその返事は返ってきた。
(葉月さん
体調が良いと聞き、安心しました。処分、考えておきます。
一之瀬 京也)
「はぁ・・・処分、今度こそクビ決定だわ・・・当たり前だよね・・・」
私は、自分で処分を受けると言った割に、怖じ気づき、大きな溜め息をついた。そして、ひとまず謝罪できたことへの安堵感から再び溜め息をつく。
と、そこへ秋紀が元気よく出社してきた。
「おはよー!夏緒里ぃ!今朝はまた一段と早いじゃない!何かあったの?」
そう言って私の肩をポンと叩き、隣の席に腰掛ける秋紀に私は、なんでもない、とだけ答えた。
そんな私に、彼女は、にこりと笑いこう問いかける。
「なんでもないって顔には見えないけどねぇ。で、昨夜は普通に帰れた?」
「う・・・うん」
「そっか。帰れなかったかぁ」
パソコンのメールチェックをしながら、そう呟く秋紀。
「え?私、普通に帰れたよ」
私は、焦ってそう答えた。
「夏緒里ぃ・・・嘘、下手すぎ」
と、秋紀は、こちらを向いて吹き出した。
「なんでもない人が、こんな朝早くから本社の部長にメール送るかね普通?」
私は、秋紀のその言葉に自分のパソコン画面を見た。
そこには、部長から届いた2通目のメール画面が開かれたままになっていた。
「あ・・・」
その時、私は、なぜだか一気に血の気がひき、そのまま床に崩れ落ちた。
「え!?夏緒里!!!大丈夫!!?夏緒里!!!・・・」
薄れゆく意識の中で、秋紀が私の名前を必死に呼ぶ声だけがこだましていた。




