~第34章 年下の劣等感~
部長の退散に、広場にふたり残された私たち。
本社の部長にあんな無礼を働いた挙げ句、優しい桐谷くんを怒らせた。
そんな自分が恥ずかしくて彼を見ることすらできない。
先程から、立ち尽くしたまま、互いに何も発さないふたり。
そうだ。とにかく、桐谷くんに謝らないと。
私は、やっと顔を上げ、彼に謝ろうと恐る恐る口を開いた。
が、それは桐谷くんの言葉に遮られる。
「夏緒里さん・・・」
「は、はい・・・」
下を向いたまま、ぼそっと私を呼ぶ彼に、私は怒られる、と覚悟を決めて返事をした。
「夏緒里さん・・・あの人の言う通りだ。あなたにはこんな僕なんかよりも、あの人の方がずっと似合っている・・・」
「・・・え?・・・」
「僕は、まだ学生で一人前にもなれていないただの子どもだ。それなのに、あなたを幸せになんてできるはずがない。あの人の言うとおり、僕はあなたをわかってあげられない」
いまだに下を向いたまま顔を上げない彼だったが、一呼吸置いた後、顔を上げ私を見つめた。
その瞳は、微かに潤んでいるかのように見える。
が、次の瞬間、彼はにっこりと微笑んだ。潤んだ瞳から、堪えきれなかった涙を零しながら。
「あの人は、あなたを満たしてあげることができると言った。そして、あなたをかばって去って行った。僕には、言い返せる言葉すらなかった。夏緒里さん・・・あの人なら、きっとあなたを幸せにできる。どうか・・・僕のことは忘れて・・・あの人と幸せになってください」
そう言うと、彼は私に背を向け歩き出した。
桐谷くんは、いつも私を一生懸命愛してくれる。それなのに、私は・・・わかってあげられないのは私の方だ。
そんなことを考えている間にも、彼の姿はどんどん小さくなっていく。
今、彼の手を掴まなければ、もう二度と会えなくなる気がした。
「桐谷くん!!待って!!」
私は今までの人生で一番大きな声で、そう叫んだ。私のもてる力全てを振り絞って。
そして、彼の元へ走る。
彼は、静かに歩みを止めた。
「桐谷くん・・・私・・・あなたを忘れるなんて、できない!」
何の反応も示さない彼の背中。
その背中に私は、自分の思いを包み隠さず話した。
「私、つまづいたんじゃないの。私から抱きしめたの。彼の、切なそうな笑顔が桐谷くんと重なった。桐谷くんをほうっておけない。どんなに忘れようとお酒を飲んでもダメだった。ホワイトデーの夜も、一緒に帰ってくれないあなたを見てきっと嫌われたんだと思った。ひとりで帰るのが寂しくて悲しくてたまらなかった。あなたは子どもなんかじゃない。こんな自分のことばかり考えてる私なんかよりずっと大人。さっきは、いくら桐谷くんに似ていたとはいえ、軽率な態度をとってしまって本当にごめんなさい。嫌われても仕方ないよね。・・・お願い・・・最後に、大嫌いって言ってほしい。私のことなんか大嫌いだ・・・って・・・」
私が最後まで話し終える前に、私は彼の腕に抱かれていた。
微かに震えながら、強く強く私を抱きしめる逞しくも華奢な腕。
彼の後ろにドサリと音を立てて落ちた彼の鞄からは、教科書らしきものがぎっしりと詰まっているのが見えた。
「あ・・・もしかして、こんな時間まで・・・勉強・・・してたの?」
「うん・・・そうだよ・・・。あなたと約束、したから・・・」
その言葉に、私は涙が溢れ出た。
彼は、私の為に頑張って勉強して、いつも私の幸せを願ってくれている。
桐谷くん、本当にごめんなさい!!!!!!
「ごめんなさい!!!桐谷くん、ごめんなさい!!!!!」
私は、彼の胸で泣いた。声を上げて泣いた。
本当に、小さな子どものように。




