~第32章‐第2節 見えない距離~夏緒里side
「それにしても、合同で飲み会なんて久しぶりよね」
「うん、そうだね」
今日は、年に数回行われる本社との飲み会に秋紀と私も参加している。
ホワイトデー以来、私は桐谷くんと、なんだかうまく接することができないまま、一週間が過ぎていた。
飲み会の場所は、よりにもよって学園都市にある、あのイタリアンレストラン。ここでの桐谷くんとの出来事を色々と思い出さないわけはない。
「はぁ・・・早く帰りたい」
私が溜め息混じりにそう呟くと、秋紀はウキウキした様子で私に耳打ちした。
「ねぇねぇ、夏緒里ぃ。本社の部長、いつ見てもかっこいいわよねぇ。歳だってまだ32、3だっていうのにほんと凄いわ・・・って、夏緒里!!」
私は、秋紀の話を聞きながらも、桐谷くんのことを考えなくていいように、ただひたすら飲んでいた。
「夏緒里!!あんたお酒弱いんだから、そんなに飲んだらまた桐谷くんに怒られちゃうわよ」
「大丈夫大丈夫。学校春休みだし、この辺にはいないって。それに、私のことはもうあんまり好きじゃないみたいだしさぁ・・・あははは」
「って、もう出来上がっちゃってるじゃない。好きじゃない人が、毎日メールなんか送ってこないって。はぁ・・・こりゃ、また寝るな・・・」
私は、何だか楽しい気分になり、桐谷くんのことを考える余裕すらなかったのである。
「はぁ・・・秋紀ぃ。私、先に帰るわ・・・」
開始から二時間近く経ったが、未だにお開きになりそうにない盛り上がりに、段々と疲れてきた私は、秋紀にそう告げる。
「あ、じゃあ送ってくよ夏緒里。あんた、絶対どっかで寝るでしょ」
「いや、もう大丈夫。冷めた冷めた。ありがとう秋紀」
秋紀に痛い所をつかれながらも、今日こそは大丈夫な気がした私は、そう答えた。
「いやいや、あんだけ飲んで大丈夫なわけないでしょ」
それでも心配してくれる秋紀に私は、ひとりになりたいからと念を押すと、足早に店を出た。
「はぁ・・・この静けさが落ち着く・・・。そういえば・・・桐谷くんにメール、なんて返そう・・・」
携帯電話を片手に、そんなことをブツブツと呟きながら駅に向かおうと歩き出す私。
そんな私の後ろから、突然誰かが声をかけてきた。
「葉月さん」
「あ・・・あの、お疲れ様です!」
私は、その人物の登場に、手に持っていた携帯電話を慌てて鞄にしまう。
「はい、お疲れ様」
私に声をかけた人物。
それは先程、秋紀が格好いいと、はしゃいでいた本社の部長であった。
わざわざ追いかけてくるなんて、先に帰る不届き者はクビだとか言いにきたのかも。
あぁ、もう私ってほんとに飲みすぎるとろくなことない。桐谷くんが怒るのも当たり前だよね。
瞬時にそんなマイナスな考えを繰り広げる私に、彼は静かにこう言った。
「送りますよ。先程のお友達との会話を偶然耳にして、僕も君が心配になったので」
「・・・え?あの・・・私、クビ、というお話では・・・」
「クビ?君が?どうして?」
「あの・・・先に抜けて帰るなんて、付き合いがなってないとかそんなかんじで・・・」
私は、ついに自分の妄想まで人に尋ねてしまうようになったのかと、自分で言って驚いてしまった。
恥ずかしさと、今の一言がさらに自分の首を絞めてしまったという焦りで、私は俯いたまま顔を上げることができない。
「ふ・・・ふふふ・・・あははは・・・」
と、突如、部長が声を上げて笑い出した。
それに驚いた私は、思わず顔を上げる。
「あ・・・ごめんごめん。君って本当に面白いんだね。上司たちに好かれる理由がわかったよ」
「え・・・あ、あの・・・」
涙目になりながら笑う彼に私は、相変わらず何も言えずにただ見つめることしかできない。
「率直に言うと、そんなことでクビなら、そのうち会社には人がいなくなってしまうよ。ふふふ・・・」
「あ・・・そ、そうなんですね。良かったぁ。安心しました」
「君は、本当に純粋なんだね。今のこの息苦しい社会では珍しいよ」
そう言って、切なそうににっこりと微笑む彼は、出会った頃の桐谷くんと重なった。
この若さで部長だもの。きっと苦労することも多いだろうな。
そう思うと、何だか少しだけ部長との距離が縮まった気がした。
「あの・・・ありがとうございました」
結局、話しながら駅前広場まで到着した私たち。
広場に設置されている時計を見ると、21時をまわっていた。
そろそろお開きになったかもしれない。私は、すぐさま部長にお礼を言った。
「どういたしまして。こちらこそ、君と話ができて楽しかったよ。僕は、また店に戻らなければいけないから、家まで送ってあげられなくてすまないね」
彼は、そう言うとその綺麗な顔で少し寂しそうな表情のまま微笑んだ。
その瞬間、私の中の何かが私を突き動かし、次の瞬間、私は彼を抱きしめていた。
「っっっ!!!あの・・・葉月さん・・・?」
「そんなに切ない顔をしないでください・・・あなたを放っておけなくなるから・・・」
「っっっっ!!!・・・葉月さん・・・君は・・・どうして、そんなにも僕の気持ちが・・・」
抱きしめた身体は微かに震えていた。
見た目よりも華奢な体つきの彼には、やはり背負いきれない苦しみがあるのだろうか。
「葉月さん・・・こんなに温かな気持ちになれたのは初めてだよ。このまま、君を連れて帰りたくなる」
「え・・・?」
「いいかな?」
そう言って、彼の指が私の唇に触れた時、広場の静寂を破るような叫び声が聞こえた。
「夏緒里さん!!!!」
「・・・え・・・桐谷・・・くん・・・?」




