~第31章 友情と愛情の狭間~
「・・・はぁ・・・」
僕は、最近どうもおかしい。
以前にも同じようなことを考えていたが、今回の件は、周りの学生たちがよく使う“ヤバい”という表現がしっくりくるような気がする。
ホワイトデーから2日経った火曜日の午後。
僕は、ひとり、自室でそんな考えにふけっていた。
すると、突如誰かがドアをノックする。
「桐谷、俺だ。入るぞ?」
聞き慣れた声に、僕はどうぞと答えた。
「突然来て悪いな、桐谷。しかし、これだけ豪華な家なのに、お前の部屋は相変わらずシンプルだよなぁ」
「春樹と僕に限って突然もなにもないでしょ。それに、僕はあまりごちゃごちゃと物を置きたくないだけだよ」
ノックの主は、ご存知の通り親友の春樹。
僕の部屋は、他の部屋に比べ、絨毯やら調度品やらそんなものはなく、主に白とロイヤルブルーで成り立っている。
白いソファに、ガラスでできたテーブル。白いベッドに掛け布団はロイヤルブルーといった無機質な感じだ。
ただし、ドアや天井、窓枠等の木材を彫って作られた華美な装飾は、勝手に変えることができない為そのままだが。
「しかも、生活感なし。本当にここで勉強とかしてるのか?」
そう言って立ったまま話す春樹に、僕は腰掛けるよう促す。
「してないかもね」
僕のその答えに、驚きを見せる彼。そんな春樹に今度は僕が質問する。
「で、今日はどうしたの?」
「ん?ああ・・・お前の顔、見たくなって・・・」
未だ立ち話の状態の春樹は、同じく立ったままでいる僕の顎に人差し指を添え、くいっと持ち上げた。
「・・・なんてな。勉強と、ホワイトデーの話聞きにだよ。プロポーズうまくいったか?」
そう言ってニコニコと笑う春樹は、やっとソファに腰掛けた。僕も向かいのソファに腰掛ける。
「プロポーズはしてないよ。でもキスはした。僕からね」
僕は、淡々とそう答えた。
「嘘・・・お前が?甘い台詞はお手のものだけど、キスお前からするなんて今までなかったんだろ?」
「うん・・・僕・・・最近、本当に変なんだ。酔った夏緒里さんが凄く色っぽくて、全然関係ない話をして嫉妬したり、キスしたり・・・。本当は自宅まで送りたかったけど・・・あれ以上一緒に居ると・・・」
「居ると?」
そう投げかけて、真っ直ぐに見つめてくる春樹に僕は、なんだか言いにくくなって席を立つ。
そして、春樹が訪れる前に座っていたベッドに再び腰掛けた。
「あれ以上一緒に居ると、きっと抱きしめて、体ごと彼女を自分のものにしてしまっていたと思う」
僕は、今一番の悩みを、静かに打ち明けた。
窓から差し込む柔らかな春の光が、僕の足元を優しく照らしている。
「いいんじゃない?体ごと自分のものにしてしまってもさ」
「・・・え?・・・どういう・・・事?」
僕は、僕が言った事を否定しない春樹に驚きを隠せない。
「ん?こういう事」
「え?ちょっ・・・春樹っ・・・」
彼は僕の質問に答えたかと思うと、僕の所まで歩み寄り、そのまま僕をベッドへと押し倒した。
僕に覆い被さる様に四つん這いになった春樹は、真っ直ぐに僕を見つめこう言った。
「好きなら、押し倒されたとしても受け入れてくれると思う。それに、身も心も自分のものにしたい、って思うのも相手のこと本当に好きだからだろ?」
「・・・うん。僕、本当に夏緒里さんのこと、好きなんだ。こんなに好きになるなんて・・・生まれて初めてだよ・・・」
僕の夏緒里さんへの思いを聞いた春樹は、ニヤリと笑うと、こう続けた。
「ま、こんな風に相手が落ち込んでるときに押し倒すのは、最低だがな」
そう言い終え、春樹は僕の隣にごろん、と仰向けに寝っ転がると、ため息をついた。
「あ~あ。お前が女ならなぁ。男、押し倒しても、ねぇ」
そんなことを言いながら、少しつまらなそうな顔をする春樹に僕はこう尋ねた。
「ねぇ、春樹ってさ・・・」
「ん?何?」
「もしかして・・・僕のこと好きなの?」
「・・・は・・・?」
僕の言葉が意外だったのか、春樹は暫し固まる。
「だって・・・よくよく思い返すと、今日だって僕にキスしようとしたり、押し倒したり、終いには、僕が女だったらとか言うでしょ?それって、僕が男だからそういうことしないけど、女だったらしちゃうってことだよね?」
「・・・まあ、確かに、好きは好きだわ・・・でもな・・・」
好き、と聞いた僕は、春樹が話し終わるか終わらないかのうちに、彼の上に四つん這いになった。
「じゃあ・・・してみる?僕のこと・・・受け入れて・・・」
僕は、そう言うと春樹の顔にゆっくりと自身の顔を近づけた。
「いや、桐谷・・・ちょっ・・・ちょっと待て!!!」
「何?」
待て待て、と両手で僕の胸を力一杯押しやる彼に、僕は顔を近づけるのをやめる。
「いや、何?じゃなくて・・・色々と言いたい事があるんだが・・・」
「好きだったら受け入れてくれるんじゃなかったの?春樹」
「いや、それは恋愛感情のある者同士の話で・・・俺はお前のこと好きだけど、それはあくまで友情っていうか・・・あのだからつまり、だな・・・」
一生懸命説明しようと焦る春樹に、僕は可笑しくなって思わず吹き出した。
「ふふ、そんなに焦らなくても、ちゃんとわかってるよ。むしろ、キス、止めてくれなかったらどうしようかと思った。ふふふ」
それを聞いて安心したのか、やっと起き上がった彼は、こんなことを言い出した。
「ふふ、って・・・お前ねぇ・・・。はぁ・・・お前、役者になれるわ・・・だいたい綺麗な顔して、あんな色っぽく迫るから、ちょっとその気になりかけただろうが」
「・・・え?」
「あ・・・」
彼の本音?を聞いた僕。
そして、うっかり本音?をもらした春樹。
「もう・・・春樹は仕方ないなぁ。そんなに僕のことが好きなら一回だけしてあげるよ・・・キス・・・夏緒里さんには内緒だよ・・・」
そう言って僕は、再びゆっくりと春樹に顔を近づける。
「・・・いや、だから、その色気振りまくのやめろって!!そして恋愛感情じゃないから!!」
「ふふ・・・春樹のおかげで、僕の悩みがもうひとつ増えてしまったよ・・・」
「こら、桐谷!顔を触るんじゃない!おい、目を覚ませ!!」
僕には、これほどまでに冗談を言い合えて、僕のことを好きでいてくれる親友がいる。
僕が夏緒里さんの全てを欲しいと思うように、夏緒里さんも僕のことを愛してくれているだろうか。
そして、こんな僕を、受け入れてくれるだろうか。
そんな不安さえも、春樹とふたりでいるこの瞬間は、温かな友情に包まれ、それが後押ししてくれているかのようだった。




