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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
32/94

~第31章 友情と愛情の狭間~

「・・・はぁ・・・」



僕は、最近どうもおかしい。


以前にも同じようなことを考えていたが、今回の件は、周りの学生たちがよく使う“ヤバい”という表現がしっくりくるような気がする。



ホワイトデーから2日経った火曜日の午後。


僕は、ひとり、自室でそんな考えにふけっていた。



すると、突如誰かがドアをノックする。



「桐谷、俺だ。入るぞ?」



聞き慣れた声に、僕はどうぞと答えた。



「突然来て悪いな、桐谷。しかし、これだけ豪華な家なのに、お前の部屋は相変わらずシンプルだよなぁ」



「春樹と僕に限って突然もなにもないでしょ。それに、僕はあまりごちゃごちゃと物を置きたくないだけだよ」



ノックの主は、ご存知の通り親友の春樹。


僕の部屋は、他の部屋に比べ、絨毯やら調度品やらそんなものはなく、主に白とロイヤルブルーで成り立っている。


白いソファに、ガラスでできたテーブル。白いベッドに掛け布団はロイヤルブルーといった無機質な感じだ。


ただし、ドアや天井、窓枠等の木材を彫って作られた華美な装飾は、勝手に変えることができない為そのままだが。



「しかも、生活感なし。本当にここで勉強とかしてるのか?」


そう言って立ったまま話す春樹に、僕は腰掛けるよう促す。



「してないかもね」



僕のその答えに、驚きを見せる彼。そんな春樹に今度は僕が質問する。



「で、今日はどうしたの?」



「ん?ああ・・・お前の顔、見たくなって・・・」



未だ立ち話の状態の春樹は、同じく立ったままでいる僕の顎に人差し指を添え、くいっと持ち上げた。



「・・・なんてな。勉強と、ホワイトデーの話聞きにだよ。プロポーズうまくいったか?」



そう言ってニコニコと笑う春樹は、やっとソファに腰掛けた。僕も向かいのソファに腰掛ける。



「プロポーズはしてないよ。でもキスはした。僕からね」


僕は、淡々とそう答えた。



「嘘・・・お前が?甘い台詞はお手のものだけど、キスお前からするなんて今までなかったんだろ?」


「うん・・・僕・・・最近、本当に変なんだ。酔った夏緒里さんが凄く色っぽくて、全然関係ない話をして嫉妬したり、キスしたり・・・。本当は自宅まで送りたかったけど・・・あれ以上一緒に居ると・・・」



「居ると?」



そう投げかけて、真っ直ぐに見つめてくる春樹に僕は、なんだか言いにくくなって席を立つ。


そして、春樹が訪れる前に座っていたベッドに再び腰掛けた。



「あれ以上一緒に居ると、きっと抱きしめて、体ごと彼女を自分のものにしてしまっていたと思う」



僕は、今一番の悩みを、静かに打ち明けた。



窓から差し込む柔らかな春の光が、僕の足元を優しく照らしている。



「いいんじゃない?体ごと自分のものにしてしまってもさ」



「・・・え?・・・どういう・・・事?」


僕は、僕が言った事を否定しない春樹に驚きを隠せない。



「ん?こういう事」



「え?ちょっ・・・春樹っ・・・」



彼は僕の質問に答えたかと思うと、僕の所まで歩み寄り、そのまま僕をベッドへと押し倒した。


僕に覆い被さる様に四つん這いになった春樹は、真っ直ぐに僕を見つめこう言った。



「好きなら、押し倒されたとしても受け入れてくれると思う。それに、身も心も自分のものにしたい、って思うのも相手のこと本当に好きだからだろ?」



「・・・うん。僕、本当に夏緒里さんのこと、好きなんだ。こんなに好きになるなんて・・・生まれて初めてだよ・・・」


僕の夏緒里さんへの思いを聞いた春樹は、ニヤリと笑うと、こう続けた。


「ま、こんな風に相手が落ち込んでるときに押し倒すのは、最低だがな」



そう言い終え、春樹は僕の隣にごろん、と仰向けに寝っ転がると、ため息をついた。



「あ~あ。お前が女ならなぁ。男、押し倒しても、ねぇ」



そんなことを言いながら、少しつまらなそうな顔をする春樹に僕はこう尋ねた。



「ねぇ、春樹ってさ・・・」



「ん?何?」



「もしかして・・・僕のこと好きなの?」





「・・・は・・・?」



僕の言葉が意外だったのか、春樹は暫し固まる。


「だって・・・よくよく思い返すと、今日だって僕にキスしようとしたり、押し倒したり、終いには、僕が女だったらとか言うでしょ?それって、僕が男だからそういうことしないけど、女だったらしちゃうってことだよね?」




「・・・まあ、確かに、好きは好きだわ・・・でもな・・・」




好き、と聞いた僕は、春樹が話し終わるか終わらないかのうちに、彼の上に四つん這いになった。



「じゃあ・・・してみる?僕のこと・・・受け入れて・・・」




僕は、そう言うと春樹の顔にゆっくりと自身の顔を近づけた。




「いや、桐谷・・・ちょっ・・・ちょっと待て!!!」




「何?」



待て待て、と両手で僕の胸を力一杯押しやる彼に、僕は顔を近づけるのをやめる。



「いや、何?じゃなくて・・・色々と言いたい事があるんだが・・・」



「好きだったら受け入れてくれるんじゃなかったの?春樹」



「いや、それは恋愛感情のある者同士の話で・・・俺はお前のこと好きだけど、それはあくまで友情っていうか・・・あのだからつまり、だな・・・」




一生懸命説明しようと焦る春樹に、僕は可笑しくなって思わず吹き出した。



「ふふ、そんなに焦らなくても、ちゃんとわかってるよ。むしろ、キス、止めてくれなかったらどうしようかと思った。ふふふ」


それを聞いて安心したのか、やっと起き上がった彼は、こんなことを言い出した。



「ふふ、って・・・お前ねぇ・・・。はぁ・・・お前、役者になれるわ・・・だいたい綺麗な顔して、あんな色っぽく迫るから、ちょっとその気になりかけただろうが」




「・・・え?」




「あ・・・」




彼の本音?を聞いた僕。


そして、うっかり本音?をもらした春樹。




「もう・・・春樹は仕方ないなぁ。そんなに僕のことが好きなら一回だけしてあげるよ・・・キス・・・夏緒里さんには内緒だよ・・・」



そう言って僕は、再びゆっくりと春樹に顔を近づける。




「・・・いや、だから、その色気振りまくのやめろって!!そして恋愛感情じゃないから!!」



「ふふ・・・春樹のおかげで、僕の悩みがもうひとつ増えてしまったよ・・・」



「こら、桐谷!顔を触るんじゃない!おい、目を覚ませ!!」




僕には、これほどまでに冗談を言い合えて、僕のことを好きでいてくれる親友がいる。



僕が夏緒里さんの全てを欲しいと思うように、夏緒里さんも僕のことを愛してくれているだろうか。



そして、こんな僕を、受け入れてくれるだろうか。



そんな不安さえも、春樹とふたりでいるこの瞬間は、温かな友情に包まれ、それが後押ししてくれているかのようだった。




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