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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
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~第3章 年下の~


「・・・はぁ・・・」





「で、今度はどうしたわけ?」


秋紀からの問いに、私は週末の出来事を思い出しながらため息混じりに答える。


「もう・・・すごいことになっちゃって・・・さぁ・・・はぁ・・・」



「はぁ・・・って、何うっとりしてさぁ。ほんとに素敵な人が現れたわけ?」


「・・・うん・・・」



そう、本当に素敵な、素敵すぎる人が。


あれから実家では、私の列車内でのいきさつを聞いた母が、今まで以上に結婚を急かすことになり、ゆっくりどころか慌ただしい気持ちで過ごすこととなった。でも、母も美形好きだからそこは盛り上がったけど。


そして、今日は週明けの月曜日。の、お昼。


デスクでランチが日課の私たちは、今日も隣り合わせの席で仲良く食べている。



「うん。って、私の勘すごすぎて、怖いんですけどぉ」


と、秋紀がおどけてみせる。


「で、どんな人?」


そう、言いながら楽しそうに肘でツンツンと、つついてくる秋紀。


「えっと・・・とにかく素敵な人」


私は、またもやうっとりしながら答える。


「いや、答えになってないから、ははっ・・・」


秋紀は、呆れ顔で笑う。


「寝ている私を起こしてくれて、つまずいた私を助けてくれて、手が冷たい私にマフラー貸してくれて、すごい笑われて、めちゃくちゃ顔綺麗な・・・多分年下」


「と、と、と、と、年下ぁ!!??」



突然語り出した私に、秋紀が思わぬ声を出した。そこで私もハッとする。


「年下・・・年下だ!!おじさまじゃない!!」


「そう!おじさま以外に優しくされてるよ夏織里!!夢じゃなくて?本当に年下???」


「うん!夢じゃない!」


そう言って私は、青年が貸してくれたマフラーを紙袋から取り出した。


「本当だ!おじさまっぽくないマフラー!」


若者っぽいマフラーが、どういうものかはよく判らないけれど、私たちは年下ということだけでテンションが上がった。とにかく夢ではないことが秋紀にも伝わり、そして、自分でも改めて現実であったことが確認できた。


あの青年は今どこにいるのだろう。



―― 今度、うちに連れてらっしゃい! ――



って、どこの誰かも聞いてないよ・・・お母さん・・・。



私は、なんだか少し切ない気持ちのまま昼休みを終えることになった。









あれから、またいつどこで出会ってもすぐに返すことができるよう、自宅とオフィス間は貸してもらったマフラーを毎日持ち歩いた。


だが、一向に出会わない。


そりゃ、そうだよね。やっぱりあれは夢だったのかな・・・。

そんなことを考えながら既に3週間が経とうとしていた。


そんなある日の夕方。

仕事を片付けた私は、帰宅しようとロッカーに向かう。すると、秋紀がニコニコしながらやってきた。


「ねぇ、ねぇ、夏織里!新しくできたイタリアンのお店に行ってみない?」


「え?今から?彼氏はいいの?今日は会う予定なんでしょ?」


私は、心配になって聞き返す。


「いいの、いいの!たまには約束をキャンセルするのも恋愛の駆け引きには必要な材料になるのよ」


と、秋紀は私に耳打ちし、いたずらっぽく笑う。


「そうなの?秋紀ってば魔性の女って言われるんじゃない?」


「あははは!これくらいで魔性なら今頃世の中、悪魔だらけよ。それにぃ・・・あんた何か最近暗~いから美味しいものでも食べてリフレッシュしよ!ね!決定~!」


秋紀は楽しそうにそう言いながら、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。


「ありがとう、秋紀」


本当に秋紀は優しいな。それにしても、誰かと外食なんて久しぶり。


私たちは身仕度を整えると、そのままオフィスをあとにした。




「わぁ、なんだかおしゃれなところだね」


オフィスから電車で15分。学園都市駅で降りた私たち。駅を出ると、ヨーロピアンテイストのおしゃれな街並みが広がる。


「ここには、大学や附属の病院、研究所なんかがあるんだって。綺麗にしてあるよね。こういう環境だと勉強も捗りそうだわ」


さすが、秋紀は詳しいなぁ。


「本当だよね。それに、道が石畳っていうだけで素敵だよね」


私は、オレンジ色の街灯に照らされた石畳を見つめながら言った。


「あ!あったよ!このお店!さ、入ろ!夏織里」


そう秋紀に促され、私は店の中に入った。



駅前にできたこの店は、地中海に浮かぶ帆船をイメージした内装で、丸い船窓の向こうには海に面したデッキもあるらしい。


席に案内され、お店の人が、そう説明してくれた。


「それにしても凝った造りだよね」


料理を待っている間、白ワインを片手に秋紀は、室内を見渡して言った。


「ほんとに船に乗ってるみたいだよね」


と、私も食前酒だけいただく。


あまり肩肘を張らない感じのカジュアルなお店のようで、向こう側からは大学生たちの盛り上がる声が聞こえる。




「あ!きたきた!うわぁ美味しそう~」


料理が出てくると、秋紀は、待ってましたとばかりに小さく拍手をする。


「では、夏織里と噂の素敵な彼との今後の発展を願いまして、改めて乾杯~!」


「乾杯~!って恥ずかしいよ、秋紀ぃ」


私は、いるはずもないあの青年のことを思い出し、もし聞かれたらと思うと恥ずかしくて一気に顔が熱くなった。




美味しいものに舌鼓をうち、ついついお酒が進んでしまった私は、少し酔いを冷まそうと席を立つ。


「秋紀、私ちょっとデッキに行ってくる」



「1人で大丈夫?夏織里?私も行くよ?」


秋紀は、心配そうな顔で私を見つめる。


「大丈夫、大丈夫!もう大人だから!」


私は、そう言ってデッキに向かった。



「はぁ・・・風が気持ちいい。ほんと、そんなに飲めないくせに、私ってば飲みすぎ・・・」


そう1人呟いた私は、デッキに寄りかかり、そこからぼんやりと夜景を眺めた。


久しぶりの賑やかな場所に、ちょっと1人になりたくなった。



「はぁ・・・綺麗だなぁ・・・」



私が、そう呟いた時、突然、私のすぐ隣から答えが返ってきた。


「うん。本当に。水面に映る街の灯りが本当に綺麗ですよね」



「あ、秋紀・・・?」


私は、声のした方を振り返った。




「っ!!!!!」


その瞬間、私は声にならない声を出す。




「こんばんは。またお会いしましたね。お姉さん」


と、にっこりと微笑むのがデッキの灯りでうっすらと見てとれた。




「あ、あ、あ、あなたはあの時の・・・」



私は、何が起きたのかわからず、またもや言葉にならない声を出した。



「良かった。覚えていてくれたんですね」


と、またにっこりと微笑む。



「あ、あの・・・えっと・・・先日は、すみませんでした!」



私は、やっと言葉らしい言葉がでた。それと同時に、貸してもらったマフラーを持ってきていないことに気付いた。


そう、私の呟きに答えてくれたのは、3週間前、終着駅で私を起こしてくれ、マフラーを巻いてくれたあの青年だったのである。



「あ、マフラー、ありがとうございました!・・・お返ししないといけないのに、でも、今日は、あの、持ってきてなくって・・・あの、ごめんなさい!!」



私は、とにかく伝えたいこと、伝えなければいけないことを一生懸命言葉にした。



すると・・・、


「っふふ、ふふふ、あはははは」


前回に継ぎ、またもや青年に笑われた私は、何がおかしいのかわからずに、途方に暮れた。



「あははは・・・あ、すみません。また、面白くて笑ってしまいました・・・あははは・・・」


青年は、そう言うとまた笑い出した。


「あ、あ・・・あの!」


私の必死の声に、青年はやっと笑うのをやめてこちらを見た。


「あ、あの・・・一体何が面白くて笑ってるの?私は、一生懸命話してるのに、ずっと、また会えたらいいなって思ってて、やっと会えたのに・・・」


ただでさえ酔いがまわっている私は、突然の青年の登場に自分がもう何を言っているのかもわからなくなっていた。




「・・・そういうところが、ですよ」


青年は優しい声で言った。


「素直で、一生懸命なあなたを見ていると、本当に面白いんです。どうしてそんなに頑張ることができるのか、と。それに・・・そんな姿がとても可愛らしく見える・・・だから笑ってしまうんです。気分を害してしまったのなら謝ります。本当にすみません」


青年は、そう言うと私に深々と頭を下げた。



「あ、あの・・・そんな、気分を害したなんて、そんなことはありません!だから頭を上げてください!ただ、何故笑われているのか全くわからなくて・・・でも今、あなたの考えていることが少しだけわかったから、本当に嬉しい」



私がそう説明すると、青年は頭を上げて、こう言った。



「ありがとう。次の日曜日、またここで会えますか?時間は・・・15時。マフラーは、その時でいいですよ」



「あ・・・はい・・・」


私が、そう答えた時、デッキのドアから誰かが呼ぶ声がした。


「お~い!桐谷ぃ!もうお開きになるぞ~!」


すると、青年は返事をし、私にひとこと、こう告げて室内に入っていった。



「では、また日曜日に」



私は、その言葉に、先ほどのやりとりが嘘ではないことを確信し、嬉しさでしばらくその場から動くことができなかった。




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