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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
27/94

~第26章 甘すぎる休日~

「夏緒里さん、こんにちわ」



今日は、3月7日の日曜日。デパートがある駅で桐谷くんと待ち合わせ。



挨拶と共ににっこりと微笑む彼は、今日も私より先に到着していた。



「こんにちわ。桐谷くん、いつも待たせてごめんね」



私は、お家が遠い彼よりいつも後に来てしまう自分に、少し不甲斐なさを感じながら謝った。



「いいえ、夏緒里さんだって予定よりも10分も早い。謝ることなんかないですよ。僕が早く来すぎているだけですから」


そう言って彼は、優しく微笑んだ。


そして、こう続ける。



「夏緒里さんにお会いできると思うと、どうしても早く・・・来てしまいます」


そう言って、珍しく照れくさそうに笑う彼に、私は母性本能をくすぐられ、彼をぎゅっと抱きしめた。



「ありがとう。嬉しい。それに・・・」



「それに?」



急に私から抱きついたことに、少し戸惑いを見せる彼に私は、追い打ちをかけるようにこう言った。



「桐谷くん・・・可愛いぃ!!」



そうして、彼をもっとぎゅっと抱きしめた。


すると、彼は不思議そうな顔で、こう答える。



「可愛い、ですか?あなたの方が僕なんかよりも、もっとずっと可愛いですよ」



「え・・・」



「あなたは、僕のことを綺麗だとか可愛いだとか誉めてくれる。それはとても嬉しい。でも夏緒里さん、その形容詞はあなたの為にあるようなものだ」



そう言って彼は、そっと私の頬に右手を添えると、その親指でゆっくりと私の唇をなぞった。


初めて見せる彼のその色気を帯びた瞳に、私は胸の高鳴りを抑えられない。



「あ・・・あの・・・」


やっとのことで発した私のその弱々しい声に、ハッと我に返った彼は、慌てて私から手を離した。



「あ・・・すみません!僕、最近・・・どうかしてますね」



そう言って俯いた彼の横顔は、いつも冷静な彼からは想像もできないほど真っ赤だった。









始まりから、お互いにドキドキした私たちだったが、今日は特に何か目的があるわけでもなく、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。


オフィス街の隣にあるこの駅からは、少し交通量の多い道路の両脇に背の高い街路樹が立ち並んでいる。




「あ、これ可愛い」


私は、とあるアクセサリーショップの前で足を止めた。


そこには、少し緩いウェーブラインを描いたシルバーの細目のリングに、ダイヤモンドを模したような小さな透明の石がひとつ中央に、そしてその石の隣にピンク色の石がひとつはめ込まれた指輪が飾ってあった。



「本当、可愛いですね。華奢なあなたの指に似合いそうだ」



それを見た彼は、そう言ってにっこりと微笑む。


「本当?じゃ、買おうかな」


私は、彼に似合うと言われたのが嬉しくて、そう言った。



「では、プレゼント用にしてもらいますね」


と、彼はにっこりと微笑みながらそう答え、店内に入ろうとする。



「あ、ちょっと待って!あの、もしかして・・・買ってくれようとしてる?」



私は、先程の彼の言葉から推測して尋ねる。



「はい。買おう、とおっしゃっていたので」


彼は、きょとんとした顔をしてそう答えた。



「やっぱり・・・」


私は、彼の何のためらいもないその言葉に、思わずため息をついた。



「私が、買うっていう意味で言ったんだし、桐谷くんは出さなくていいんだよ?買ってもらうなんて、悪いし」


「え?でも、彼女に支払いをさせるだなんて、そんなこと聞いたことがありませんよ」


再びきょとんとして、当たり前のように答える彼。


桐谷くん・・・お金持ちだから?この状況、全然意味がわかってないみたい。そんなに高くないとはいえ、買ってもらうなんてやっぱり悪い、と遠慮してしまう。それにしても、きょとんとしている彼が、また可愛らしく見えてしまう私。


そんなことを考えていると、彼がこう提案した。


「じゃあ・・・贈り合いっこしましょうか?」



「え?贈り合いっこ?」


にっこりと微笑む彼に、今度は私の方が理解できない状況になる。



「はい。僕は、夏緒里さんにこの指輪を贈る。夏緒里さんは、僕にお揃いの指輪を贈る。それなら、平等になりますよね?」


そう言って、再びにっこりと微笑む彼。


よく見ると、私の見ていた指輪の隣には、ピンク色の石の代わりに青い色の石のついた指輪が飾ってあった。



「うん。そうしよう」



私は、そう返事をすると、ふたり、店の中へと入って行った。








そういうわけで、指輪を購入した私たちは、ちょっと休憩をと、一軒のカフェにやってきた。


店内は、コーヒーの良い香りと、デザートの甘い香りに包まれている。


ナチュラルなテイストの内装からは木の温もりを感じることができる。


おしゃれな奥様方もいれば大学生くらいの若い女の子たちも目につく。世代を問わず愛される店のようだ。



席についた私たちは、早速メニューを開いた。



「夏緒里さん、何を召し上がりますか?」



「えっと・・・キャラメルナッツラテ・・・と、これ」


彼に何がいいかと聞かれた私は、店内の甘い香りに、思わずイチゴと生クリームがのった小さなパンケーキを指差した。



「ふふ・・・あなたって人は、選ぶものまで可愛らしいですね」


そう言って、ふっと笑う彼。



「えっ?そうかな」


可愛いと言われ、戸惑う私。



「じゃあ僕は、これにします」


そう言って彼は、チョコレートソースのかかった、バナナと栗のパンケーキを指差した。



「あ、それも美味しそう~!」



「ふふ、では一緒に食べましょうか」


そう言って彼は優しく微笑むと、店員に声をかけ、それをオーダーした。




「う~ん、美味しい」


注文したものがテーブルに並び、いただきます、とふたりでパンケーキをひと口ずつほおばる。



「本当に。甘いものは癒やされますね」



「うん」



本当に、癒やされているようなほっとした表情で、彼はそう言った。



「あ!一緒に食べるのに先にひと口食べちゃった」


「僕なら大丈夫。それに、僕もひと口食べてしまいました」


そう言ってクスッと笑う彼に私も同調した。



「私も、桐谷くんなら全然気にしない」



すると、彼は自分のフォークにパンケーキを切って乗せると、こちらに差し出した。



「はい、あーんしてください」


と、にっこり。



「えっ?えっと・・・」


照れくさいけど、言われたように口を開ける私。


「ん、美味しい~!」



「ふふ、良かった」



どっちも美味しい、と、ひとり酔いしれていると、彼はその笑顔のままこちらを見つめている。


あ、そうだよね。私だけ食べちゃって、桐谷くんにもあげないと・・・でも、そうなるとやっぱり・・・うぅ、これかなり照れくさいよ。



そんな思いが彼に伝わるわけもなく・・・私は、彼と同じように自分のパンケーキをフォークに乗せると、そのまま彼に差し出した。


「桐谷くん・・・あーん・・・」



「え・・・?」



耳まで真っ赤なのが自分でもわかるくらい、顔が熱い。


彼は、少し驚いた表情を見せたが、目の前に差し出されたパンケーキを、パクッと口の中に入れると、満足気にこう言った。



「夏緒里さんに食べさせてもらえるなんて、幸せです」



「え・・・それって、もしかして・・・」



「はい。返してくれるとは思っていなかったので、少し驚いてしまいました」



そう言ってにっこりと微笑む彼に、私はますます恥ずかしくなって俯いた。


桐谷くんは私が食べさせてくれるなんて期待してないのに、私ってば・・・恥ずかしすぎて顔が見れないよ~。


そんなことを考えていると、彼はこんなことを言った。


「そんなに俯いていると、夏緒里さんの分全部食べちゃいますよ」


「えっ!!」


私は、その言葉に思わず顔を上げた。


そして、私と目が合った彼はにっこり。



「やっとこちらを向いてくれましたね」



「あ・・・」


そういえばと思った時には遅く、また自分が真っ赤になるのがわかる。



「大丈夫。顔を赤らめる姿も可愛いですよ」



そんな私に、またまたフォローになってない彼からの一言。


にこにこと微笑む彼に私は、しばらくその笑顔を見つめ続けることしかできなかった。






やっと、恥ずかしさも治まった私は、先程購入した指輪のことを思い出し、彼に尋ねた。



「桐谷くん。指輪、開けてみてもいい?」


「ええ、そうですね。開けてみましょうか」



そう言った彼は、紙袋から小さな箱をふたつ取り出すと、静かにテーブルの上に置いた。


そして、蓋を開ける。



「夏緒里さん、右手を貸していただけますか?」


彼の問いかけに、私は素直に右手を差し出した。


すると、私の手をとった彼は、そのままピンク色の石のついた方の指輪をそっと私の薬指に通す。


「え・・・」



薬指にはめられた指輪を見て少し戸惑う私に、彼は優しくこう問いかけた。



「僕の指にも、はめていただけますか?」



そう言って右手を差し出す彼に私は頷くと、彼の手をとり、同じように薬指にもうひとつの指輪を通した。



「ありがとう。・・・夏緒里さん・・・」



「はい・・・」



私の手をとり、真剣な表情で真っ直ぐに見つめてくる彼に、緊張で息が止まりそうになりながらも私は精一杯の返事をする。


「夏緒里さん・・・僕と・・・」


彼がそう言いかけた時、すぐ近くで聞き慣れた名前が呼ばれ、私たちは同時にそちらを振り返った。



「あ!春樹くんだ!久しぶり~!元気してた?」


「あっ、シーッッ!!シーッッ!!ちょっと今取り込み中だから、また今度、今度ね!ごめんね!」


「取り込み中って・・・あ、勉強?お医者さんになるのも大変だね。頑張ってね~」


「あ、そうなんだよねぇ。ありがとう、ごめんね」


「ううん。じゃあね~バイバイ」


「はーい、バイバイ」



それは私たちの席のふたつ程隣の席から聞こえた会話であった。



「・・・はぁ・・・」



友人らしきその女性との会話が終わると、その声の主は大きな溜め息をついた。


そして、身の回りの物を片付けるとこちらを振り返り、私たちの方へと歩いてくる。


そのまま私たちのテーブルまでたどり着くと、こう言って頭を下げた。



「はぁ・・・こんにちわ、おふたりさん。ほんと、邪魔してごめん」



すると、桐谷くんは立ち上がり、隣の空席から椅子を一脚こちらのテーブルへと運ぶと、こう言った。


「大丈夫。とりあえず座ってよ春樹」



ふと周りを見ると、他の客達もこちらを見つめていた。


このいきさつが、というよりは、かっこいい彼らは友達同士なんだ、とかいうような声色の高い内容が聞こえてくる。



「春樹は、いつから聞いてたの?」



と、桐谷くんの言葉に、私は再びこちらへと気持ちを戻した。



「えっと、指輪を開けているところかな。俺が来てすぐ声かけようと思ったんだけど、なんかそんな雰囲気でもなかったから・・・ほんとごめん」


春樹くんは、そう言ってまた謝った。



「そんなに謝らないで。春樹は、何も悪くないでしょ?気、つかってくれたんだし」


そんな春樹くんに、彼は優しく微笑みながらそう言った。



「いや、でも・・・あれって、さ・・・ほら、あれだろ・・・?」



それでも春樹くんは、申し訳なさそうに何かを尋ねる。



「うん。そうだね。プロポーズ」



「はぁ・・・ほら、やっぱり・・・」



プロポーズ!?


彼らの会話に、私は、声もなく固まる。



「でも、今日はその前段階かな。そういうことはきちんとする予定だから」


「ほんと、ごめんな。式ん時は俺のこと、こき使ってくれていいから」



式!?

式って何の!?


ふたりの会話はどんどん進む中、私はいまだにそれについていけない。



「夏緒里さんも、大事な時にほんとすみません」


突然、春樹くんに、そう言われ、私はやっと我に返る。


「あ、えっと・・・あの・・・大丈夫!私全然気にしてないから!ね、桐谷くん!?」



私は、動揺を隠せないままそう答えた。


すると、桐谷くんは、すっと私の右手をとり、そのまま私の薬指に口付け、こう言った。



「この続きは、いずれ必ず」



「っっっっ!!!!!」


再び固まる私。


にっこりと微笑む彼。


そして、軽く頭を抱える春樹くん。



「はぁ・・・お前、ほんとよくこんな公衆の面前でそんなことできるなぁ。尊敬するわ」



春樹くんは、溜め息混じりにそう呟いた。


すると、彼はクスッと笑い今度は春樹くんの手をとると、こう囁いた。



「春樹、もしかして・・・妬いた?」



その瞬間、周りの女性たちの黄色い声が響いた。


「はぁ?そんなわけないだろ!だからお前、こんな公衆の面前で変な冗談やめろって!俺まで変な目で見られるだろ!ねぇ?夏緒里さん!?」



私は、初めて見るふたりの仲の良さに、微笑ましい気持ちでこう答える。


「ごめんね、春樹くん。でも、桐谷くんは、渡せない」


「いや、そうじゃなくて!俺は喜んで桐谷を夏緒里さんに渡しますから!」



春樹くんは、私の返答に再び焦る。


そんな春樹くんをよそに、桐谷くんの返しは続く。


「そんな・・・春樹・・・ひどいよ・・・」



「あ・・・ごめん、桐谷・・・って違~う!お前そんな潤んだ瞳で見つめるな!思わず謝ったじゃないか!桐谷、手、手を離せ!」



そんなやり取りに、周囲の女性たちの視線は彼らに釘付け。


いつも完璧な桐谷くんが、こんなにも冗談を言い合える友達がいる。その光景を見ていると本当に幸せな気持ちになった。


それにしても、このふたり、本当のところどうなんだろう。本当にラブラブだったりして。


なんて考えると、ちょっと可笑しくなって笑ってしまった。



ドキドキすることの連続だった今日は、予想もしなかった春樹くんの登場で爽やかに幕を閉じたのである。





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