~第24章 帰路~
その後、私たちは、始めの頃に比べると大分和やかな雰囲気になった桐谷家で、ゆっくりとしたティータイムを楽しんだ。
そして、17時をまわり外も大分薄暗くなってきた頃、私は帰宅しようとご両親に挨拶をした。
「夏緒里さん、ご自宅までお送りします」
彼は、そう言うと、颯爽とコートを着込んだ。
そんな彼を、彼のお父さんは呼び止める。
「冬真。もう外も暗い。車で行きなさい」
「・・・そうですね・・・今日は、そういたします」
彼は少し考えると、お父さんの提案に賛同した。
「では、行って参ります」
「気をつけてな。夏緒里さんも、またいつでも遊びにいらしてください」
彼が出発の挨拶をすると、お父さんはにっこりと微笑みそう答えた。
「はい、ありがとうございます!本日は、長々とお邪魔いたしまして申し訳ありませんでした。では、失礼いたします」
私は深々とお辞儀をし、部屋を出た。
来た時同様、私たちは長い廊下を真っ直ぐ進み、玄関へと向かう。
「夏緒里さん、今日は本当にありがとうございました。僕たち親子の中まで取り持っていただいて」
そう言って彼は、少し申し訳なさそうな顔で笑う。
「私の方こそ、こんな素敵なおうちにご招待してくれてありがとう。ご両親との誤解が解けて本当に良かったね。でも、私が取り持ったわけじゃなくて、桐谷くんが頑張って自分の気持ち、伝えることができたから、だと思うな」
「え・・・?僕が、ですか?」
「うん。桐谷くんの思いは、ちゃんとご両親に伝わった。そして、私にも・・・。これからも、ずっと一緒に居られる。すごく、嬉しい」
私は、そう言うと、嬉しくて思わず涙が零れ落ちた。
そんな私の涙を、彼はその細く美しい指でそっと拭ってくれる。
「僕も、です。あなたと一緒なら、もう何も怖くない」
そう言うと、彼は柔らかく微笑み、優しく私の頭を撫でてくれた。
玄関の扉を開け、外に出ると、そこには一台の車が停車していた。玄関灯に照らされたその車は、漆黒が際立つ程によく手入れされ、輝きを放っている。
「冬真様、御無沙汰しております」
黒いスーツに身を包み、白い手袋をした白髪混じりのその男性は、私たちの姿を見つけると、一礼した。
「すみません。今日は、お世話になります」
と、彼も一礼する。
よろしくお願いします、と、私も一緒に一礼した。
「いえ、とんでもございません。いつでもお声かけください。さ、どうぞ」
その男性は、そう言うとドアを開け、私たちを後部座席へと案内した。
そして、そのまま男性は、運転席へと乗り込み、静かに車を発進させた。
少し走らせ、あの大きな門を出ると、駅のある大通りへと向かう。
「夏緒里さん、彼は八谷といいます。僕が子どもの頃から桐谷家の運転手をしています。いつも父を職場まで送迎してくれている優しい人です」
「八谷さん、こちらは夏緒里さん。僕がお付き合いさせていただいている僕の大切な人です」
信号待ちで彼は、そう紹介する。
「あ、葉月 夏緒里と申します。今日は、お送りいただいて申し訳ありません」
私は、突然の紹介にそう挨拶をした。
「こちらこそ、自己紹介が遅れまして、申し訳ありません。冬真様の大事な人とあれば、これ位当然でございます」
八谷さんは、こちらを振り返り、丁寧に挨拶をした。
そして、信号が青になると、八谷さんは再び前を向き、車を進める。
「冬真様。今日だけでなく、もっと私をお使いいただいて構わないんですよ」
「ありがとう。でも僕は、僕の為にあなた方の時間を割くことはしたくないんです」
「冬真様は本当にお優しいですね」
そう言って、ふふっと笑う八谷さん。
そんな八谷さんに、彼は申し訳なさそうにこう続ける。
「でも・・・今日のように、夏緒里さんが我が家にいらした時は、お願いしてもよろしいですか?」
その言葉に、八谷さんは嬉しそうにこう答えた。
「はい。お任せください。喜んでお供いたします」
「ありがとうございました」
自宅前に着いた私は、車から降りると、八谷さんにお礼をいい、深々とお辞儀をした。
と、桐谷くんも一緒に車から降りる。そして、ドアの前で待つ八谷さんに、席に戻るよう促した。
「夏緒里さん、今日は遠いところを、本当にありがとうございました」
「ううん。こちらこそ、送り迎えまでしていただいて、本当にありがとう。お姫様になったみたいだった」
私は年甲斐もなくそう言うと、ふふっと笑う。
すると、彼は突然、正面から私の手をとり、そのままそっと手の甲に口付けた。
「っっっっ!!!!!」
言うまでもなく、固まる私。
「僕の愛しい姫、愛しています」
そう言って、真面目な顔で真っ直ぐに見つめてくる彼。
「あ・・・あの・・・」
そして、ドキドキして言葉にならない私。
「ふふ、驚きました?あなたがお姫様みたいだなんて言うから、僕もなりきってしまいました。ふふ」
そう言って、嬉しそうに笑う彼。
「あ、でも、愛しているのは、本当ですから」
「あ、あ、愛してるって・・・」
こんな路上で、そんなすごい台詞、すぐそこに八谷さんもいるのに・・・。
特に気にする風でもなく、にっこりと微笑む彼に、私は動揺を隠せない。
「クスッ。あなたって人は、本当に可愛くて素直だ・・・」
彼は、そう言ってとても柔らかい表情で微笑んだかと思うと、ゆっくりと私に顔を近づける。
そうして、そのまま私の額に優しく口付けた。
「おやすみなさい」
彼は、そう言ってにっこりと笑うと、車へと戻っていった。
「・・・あ、あの・・・」
やっとのことで、声を発した私に気づいた彼は、車の窓を開け、こちらを見つめる。
「あの・・・おやすみなさい」
私が、そう伝えると、彼は再びにっこりと微笑み、一礼した。
そして、ゆっくりと車は動き出す。
それを見送る私の心には、微かな寂しさが込み上げてきた。
そして、彼の乗る車が見えなくなった時、私はその寂しさで胸が一杯になり、しばらくその場から動くことができなかった。




