~第21章 道程~
そして、とうとうその日は来た。
2月最後の日曜日。
13時。
玄関のチャイムが鳴る。
「こんにちわ、夏緒里さん。お迎えにあがりました」
私が玄関のドアを開けると、彼はそう言ってにっこりと微笑んだ。
約2週間ぶりに会う彼に、私は、さらに彼を愛しいと思う気持ちが強くなった。
自宅を出て駅に着くと、私たちは田園都市行きの列車に乗り込んだ。
学園都市、そして私の実家のある方へ向かう列車だ。
日曜日の昼下がり、列車内は少し混んでいる。
私たちは、特に会話もないまま、列車だけが音を立てて進んで行った。
学園都市を過ぎ、しばらくすると、人もまばらになってきた。
「あ、あの・・・桐谷くん」
「はい」
「あの、この間は、ひどいこと言って、本当にごめんなさい。私の勝手な想像で、桐谷くんを傷つけて、ごめんなさい」
私は、彼の誕生日にも関わらず、彼を泣かせてしまった事を後悔し、謝った。
すると、彼は、ふっと笑い、こう言った。
「春樹から聞きました。誰に反対されても僕とずっと一緒に居たい、と思ってくれている、と・・・」
「うん。私は、あなたが望む限り支えていこうと心に誓った。あなたには幸せになってほしいから、誕生日の日、あんなことを言った。でも結果的にあなたを傷つけた・・・桐谷くんはいつも私のこと思ってくれてて、私もあなたとずっと一緒に居たいと思っているのに。私が素直じゃないばかりに・・・本当にごめんなさい」
私は、自分の過ちを説明するかのように彼に伝えた。
「・・・夏緒里さんは・・・十分すぎるくらい素直ですよ。僕と両親の仲を心配してくれているんですから。ただ、僕は誰に反対されようと、あなたと離れるつもりはない。でも夏緒里さんは、そんなわがままな僕の気持ちを受け止めてくれるのか、それがとても不安でした。だから・・・あなたも僕と同じ気持ちでいると知って、すごく嬉しかった・・・」
彼は、そう言うと、少し切なさを含んだ顔で柔らかく微笑んだ。
「不安なのは、私も同じ。ずっと一緒に居たいのも・・・。春樹くんが言ってた。ふたりの思いが同じなら、きっとご両親にも気持ちが届く、って」
「・・・ふふ、春樹らしいな・・・彼は本当にいつも前向き。僕もそうなら、あなたを悩ませることもないだろうに・・・」
彼は、ふっと笑いながらも、切なげな表情で俯いた。
そんな彼を励まそうと、私は明るくこう言った。
「前向きじゃないところも、私たち一緒だよ」
「っふ、ふふ・・・本当に。これだけ同じ気持ちなら、きっと思いが通じますね」
そう言って、彼は嬉しそうに笑った。
「うん。きっとね」
私も嬉しくなって、一緒に笑った。
そうしてお互いに気持ちを通わせた私たちは、降りる駅が来るまで、ふたりそっと寄り添った。
「・・・さん、・・・えさん・・・」
あれ・・・?
誰かを呼ぶ・・・声・・・?
「おねえさん・・・」
なんだかどこかで・・・聞いた・・・ような・・・。
「夏緒里さん」
「は、はい!」
私は、突然自分の名前を呼ばれて、反射的に返事をした。
「夏緒里さん、終点ですよ」
「・・・しゅうてん?・・・え?終点!!??」
桐谷くんの言葉に私は、完全に目が覚めた。
「っふ、ふふふ」
と、突然彼が笑い出す。
「え?あ、あの私・・・」
私は何が起きたのかわからず、頼りない声を出す。
「眠ってしまっていたんですよ・・・ふふ、あの時と同じ、ですね」
そんな私に、彼は私の髪をゆっくりと撫でながら優しく答えてくれた。
「あ・・・本当だ。初めて出会った時と同じ。また私、起こされちゃったね」
そう言って私も、ふふっと笑った。
「ええ。今日もまた、あなたの寝顔にみとれてしまいました」
「え!?」
そう言ってにっこりと微笑む彼に私は、すっとんきょうな声を出す。
「ふふ、あの時はあなたの向かいの席からでしたけどね」
「もしかして・・・ずっと見てた?」
私は恥ずかしくなり、そう聞き返す。
「はい。もちろん。可愛らしい顔で眠っていましたよ」
と、彼はまた、にっこりと微笑んだ。
「もう!」
私は、恥ずかしさで何も言い返せず、俯いた。
と同時に、大変なことを思い出し、焦ってこう尋ねた。
「あ!終点!また終点に来ちゃったんだよね!?」
すると、彼はにっこりと微笑み、こう言った。
「終点、ですよ。とりあえず、降りましょうか」
列車から降りた彼は、そのまま改札へと向かう。
「あ、あの・・・」
乗り換えると思っていた私は、彼を制止するかのように声をかけた。
「終点、田園都市駅。ここが、僕の自宅のある駅です」
私の不安が伝わったのか、彼はそう説明してくれた。
「あ・・・だからあの夜、この改札から出ていったんだ・・・」
私は、初めて出会った夜のことを思い出し、そう呟いた。
「ええ。大学から帰宅するところでしたので。通学に45分もかかるので近くに越したいんですけどね」
そう言われて、私は初めて時計を見た。
14時20分。
「え!列車に乗ってから1時間も経ってる!ということは、桐谷くんは、1時間かけて私を迎えに来てくれたってことだよね!?」
私は驚いて、当たり前のことを尋ねた。
「はい。毎日のことなので、15分増えたところでさほど気にはなりません。学園都市にひとり暮らし。そうすれば、すぐに夏緒里さんに会えるのにと、いつも思います」
そう言って、少し悲しそうな顔をする彼に、私はこう言った。
「もし桐谷くんが近くに住んでたら、私、毎日行っちゃうかも」
「本当ですか?じゃあ、夏緒里さんの作る食事をいただくことができますか?」
彼は、そう言ってキラキラとした瞳で私を見つめる。
「もちろん。ご飯くらいいくらでも作るよ!」
私は、張り切ってそう答えた。すると、彼はとても嬉しそうに笑い、こう言った。
「嬉しいです。ひとり暮らし、いや、むしろふたりで暮らしたいですね」
「え?」
「そうすれば、毎日あなたの寝顔を見ることができる」
「っっっ!!!!」
私は再び恥ずかしさが蘇り、言葉を失う。
「ふふ・・・あなたって人は本当に可愛い人ですね。僕のあなたへのこの気持ち・・・今から行く僕の両親にも伝わるといいな・・・」
そう言って少し切なそうに微笑むと、ぎゅっと私の手を握りしめ、歩き出した。
もうすぐ私と桐谷くんの運命が決まる。そんなに深く考える必要はないのかもしれないが、私たちはその時が近づくにつれ、不安と緊張でいっぱいになっていった。




