~第20章 彼を思う者~
週末、私はメールで桐谷くんをランチに誘ったが、今日は予定があるからとあっさり断られてしまった。
そしてそのまま一週間が過ぎた。
その週の週末、私が自宅でひとりお昼ご飯を食べていると、一週間ぶりに桐谷くんからメールが届いた。
その内容は次の通りだ。
(来週の日曜日、何か予定はありますか?もし、ご都合がよろしければ、僕の自宅にと思っていますが、いかがでしょうか?)
私はそのメールに、予定はないのでお邪魔しますと返信をした。
すると、すぐに返事が返ってくる。
(では、当日13時頃、夏緒里さんのお宅にお迎えにあがります。よろしくお願いします。)
「はぁ・・・」
私は、とうとうその日が来た、との緊張から大きな溜め息をついた。
「来週末、2月最後の日曜日・・・か・・・」
何事もなくうまくいって、爽やかな気持ちで彼と暖かな春を迎えたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
とりあえず、当日が近付いても焦らなくてもいいように何か手土産を探しに行こう。
思い立ったが吉日。
私は、すぐさま身支度を整えると、そのままデパートへと向かった。
「なんだか美味しそうなお菓子がたくさんあるなぁ」
デパートに着いた私は、デパ地下のスイーツコーナーを歩きながら、ひとり呟いた。
「やっぱり、手土産といえばちょっと高いけど・・・これだよねぇ」
私は、とあるショップの前まで来ると、ショーケースの中のチョコレート菓子を見つめる。
どれも美味しそう・・・でも新作の、これにしよう。
早々と手土産が決まり、それを購入した私は、ちょっとホッとしようと、この間彼が連れてきてくれたカフェに立ち寄った。
「ふぅ・・・癒やされる」
今日はミルクティーを注文した私は、まずその香りに癒やされ、そう呟いた。
そういえば、桐谷くんに告白された時もミルクティーの香りに癒やされたんだっけ・・・ふと、そんなことを思い出した私は、また一緒にあのカモミールティーを飲むことができたら、という希望を抱くのであった。
そうして、ひとり物思いにふけっていると、突然誰かに呼びかけられた。
「えっと、夏緒里さん?」
「え?」
入口近くの席に座っていた私は、声のした出入り口の方を振り向いた。
「あ、やっぱり夏緒里さんですよね」
そこには、あのイタリアンレストランで相席になった彼の友人、春樹くんが立っていた。
すらりとした長身でありながらも、しっかりとした体つきであることが見て取れる彼は、整った顔立ちの桐谷くんと並ぶとそれはそれは目立つだろうなという感じだ。
「あ、春樹くん・・・だよね?」
「はい。良かった、覚えていてもらえて。えっと・・・お茶、ご一緒してもよろしいですか?」
そう言って、にこっと笑う彼に私は、どうぞと席を勧める。
よくよく見ると、桐谷くんに負けず劣らずかっこいい顔立ち。桐谷くんが女性的な柔らかさをもった美しい顔立ちなら、春樹くんは男性的な芯の強さをもった端正な顔立ちといったところだろうか。
「ありがとうございます。今日は、お買い物ですか?」
「あ、うん。来週末、桐谷くんのおうちにお邪魔することになったから手土産を探しに・・・」
私は、春樹くんの質問に少し緊張しながらも、そう答えた。
「あ・・・それで、あいつ・・・」
私の答えに何かを思い出したのか、彼はそう呟いた。
「あ、あの・・・」
「あ、すみません。ここ一週間くらい桐谷の様子がおかしかったのはそのせいか、と思って」
彼はそう言うと、ははっと笑った。
「あの、おかしいって・・・どんな感じですか?私が一緒に居られないって言ったから・・・」
私は、桐谷くんの様子が気になるあまり、ついついそんなことまで口走ってしまう。
すると、彼は少し真面目な顔になり、こう尋ねた。
「一緒に居られない、とは?」
そんな春樹くんに私は、少し焦ってこう答えた。
「桐谷くんに家に来ないかと言われた時、彼はご両親と仲が良くないという話を聞きました。それで、もし私では彼とは不釣り合いだとご両親に思われたとしたら・・・私のせいで彼がもっと親子の仲が悪くなるのなら、一緒には居られない、と」
それを聞いた春樹くんは、少しつらそうな表情でこう聞き返す。
「なるほど・・・で、桐谷は・・・つらそうにしていませんでしたか?」
「うん・・・言っていいのかはわからないけど・・・泣いてた・・・」
私は、2月14日の出来事を思い出しながらそう答えた。
「やはり・・・」
彼は、そう呟くと、溜め息をついた。
「あの、ごめんなさい。私のネガティブな想像で彼を傷つけてしまって・・・」
私は、爽やかな彼からは想像もつかなかった彼の重い溜め息に、大変なことをしてしまったのだと、とっさに謝った。
「いえ・・・普通なら、そんなに堪えることじゃないのかもしれない。ただ、あいつは・・・桐谷には、とても酷な言葉なんです」
彼は、とてもつらそうな表情でそう言うと、そのままこう続ける。
「ご存知かもしれませんが、あいつは代々医者家系で、両親からは医者になるべく厳しく育てられました。誉められたことすら一度しかない、と。両親の愛情を感じたことすらなく、幼い頃からずっとひとりで頑張ってきた。厳しく躾られたおかげで周りとの関係は良好、他人の前では常に笑顔を絶やしません。でも、あいつの目はいつもどこか寂しそうだ・・・。だから、桐谷にとって、愛する人が自分の元から離れていくということは、俺たちが想像するよりももっとつらく耐え難いことなんです」
「・・・私・・・桐谷くんに謝らないと・・・」
春樹くんの話を聞いた私は、自分がしたことの重さを知った。
「夏緒里さん」
「はい」
「あなたが、あいつのこと、嫌になったのなら仕方ありません。ただ、桐谷は、たとえ両親に反対されたとしても、あなたと共に居ることを望むと思います。それでも夏緒里さんは、あいつと一緒に居ることはできませんか?」
そう言って、真剣な眼差しで真っ直ぐに見つめてくる彼の、桐谷くんへの気持ちが痛々しい程伝わってくる。
桐谷くんはいつも私のことを思ってくれている。それなのに私は、本当に彼のことを思ってこれまで付き合ってきたのだろうか。彼の望む限り、彼を支えていこうと決めたのに・・・。
「私は・・・桐谷くんのこと、嫌になったことなんて一度もない。それに、誰に反対されても、嫌いになんてなれません。私は、もし許されるのならずっと彼と一緒に居たい・・・許されなかったとしても、この気持ちに変わりはありません」
私は、桐谷くんへの思いを今改めて自分自身に確認するかのように、そう告げた。
「・・・良かった・・・。あいつに、いい報告ができます」
私の気持ちを聞いた春樹くんは、そう言うと、ほっとしたように柔らかく微笑んだ。
「それにしても・・・ふたりは本当に愛し合っているんですね。なんだか安心しました」
「あ、あ、愛し合ってるって・・・」
私は、春樹くんの台詞に急に恥ずかしくなって、俯いた。
そんな私に、彼はクスッと笑い、こう続ける。
「ふたりの思いが同じなら、きっとその気持ちは、あいつの両親にも届きますよ」
「え・・・?」
「まあ、俺としては、あんな寂しがり屋の男で、夏緒里さんのご両親に許されるのか。という方が心配ですけどね」
そう言って、彼は悪戯っぽく笑った。
「えっ!?うちの両親にはまだ連れていくなんてことは・・・」
彼の言葉に私は、また恥ずかしくなって慌てる。
「桐谷の両親がOKなら、近いうちに夏緒里さんのご両親にも挨拶に行くと思いますよ。あいつは」
そう言って、にこっと笑う彼。
「えっ、そんなこと・・・」
「卒業したら、結婚・・・かな。まだまだ未熟な桐谷ですが、どうぞ末永くよろしくお願いします」
そうして、ぺこりと頭を下げる春樹くんに、私はペースを掴まれっぱなしなのであった。
桐谷くんといい、春樹くんといい、年下なのにこのふたりにはかなわない。




