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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
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~第19章 不安と油断~

「ねぇ、秋紀・・・」


「なぁに?どうしたの?溜め息なんかついて」



翌日、オフィスでお弁当を食べながら私は、昨夜のことを秋紀に話した。


「両親と仲が悪いって、どういう感じなんだろう?」


私は自分の両親を想像したが、全くイメージが掴めずに秋紀に尋ねた。



「そうねぇ、夏緒里んちは仲良し家族だからね。まあ、うちも仲悪いわけじゃないからイメージ湧かないけど、親に甘えられないっていうのは相当つらいと思うよ。ましてや小さい頃からなら、尚ね」



確かに秋紀の言うとおりだ。家に帰って、今日起きた出来事を話し、みんなで何気ないことで笑う。私にとってはそんな当たり前の事すら、彼には無いとしたら・・・そこに存在するのは確かなのに、その相手の心はいつまでも掴めない、そんな悲しいことがあるだろうか。


もしも彼がそうして育ってきたのなら、ひとりになるということの不安や寂しさは、私の比ではないだろう。



「私は、桐谷くんとずっと一緒に居たい。でも、彼の両親がそれを許さないとしたら?」



そうすると、彼をひとりにせざるを得ない。それは今、私が一番気に病んでいることだった。



「そんなの・・・行ってみなきゃわからないよ!もしかしたらすごく気に入られるかもしれないしさ」



「・・・そうだよね・・・行く前から考えすぎても仕方ないよね。秋紀ありがとう。でも・・・ご両親に会うとか、初めてだし緊張する!」


考えすぎないとは言っても、そんな経験がない私は、やはり緊張しないわけがない。



「緊張、していいんじゃない?彼氏の両親に会うっていうのに緊張しない方が珍しいでしょ。それにぃ、夏緒里は普通にしててもあれだけおじさま方にモテるんだから大丈夫!」



そう言って、にこっと笑いウインクしてみせる秋紀に、私は少し緊張が和らぐ。



「私の普通じゃないところが、活かされるといいな」


私は、とにかく彼が恥ずかしくないように、きちんと挨拶だけはできるようにしよう、と少し前向きな気持ちになることができたのであった。









昨日は、また格好悪いところを見せてしまった。


夏緒里さんが僕の元から居なくなる・・・・考えただけで耐えられなかった。


僕は誰に何と言われようと、夏緒里さんと一緒に居たい。それが僕の一番の望みであった。



「桐谷くん、まだ残ってたの」



大学の研究室で、ひとり残って勉強をしていた僕は、突然そう声をかけられ、驚いてドアの方を振り向いた。



「あ・・・先輩。お疲れ様です」



「ええ、お疲れ様。もう21時まわってるわよ。おうち遠いんだし、そろそろ帰宅したら?」


そう心配そうな表情で入室してきたのは、僕のひとつ上の先輩。美人で成績も良くみんなから頼られる、いわばマドンナ的存在だ。



「そうですね。先輩も大丈夫ですか?」


「私は、すぐそこだから大丈夫。それより・・・」


彼女はそう言ってにっこりと微笑んだかと思うと、すぐに表情を曇らせこう続けた。



「今日は、なんだか元気がないようだけど・・・どうかしたの?」



その問いかけに、すぐに返答できずにいると、彼女はゆっくりと僕に近付き、そのまま優しく僕の頭を撫でながらこう言った。



「彼女・・・のこと?」


「っっっ!!!!!!」


「あ、図星だ」



僕は、彼女の言葉に心の中を見透かされた様な気分になり、声も出せない。


「すぐに答えられないなんて、あなたらしくないもの。すぐにわかるわ。・・・綺麗な顔に・・・いつも寂しそうなその瞳・・・あなたみたいに母性本能をくすぐる人はいないわね」



そう言って彼女は、ふっと笑った。そして、未だ何も発しない僕に、彼女はさらに追い討ちをかけるように静かにこう囁いた。



「私じゃ・・・ダメ?・・・私なら、いつもあなたの側に居て、いつでもこうして慰めてあげられる・・・」



そうして、ゆっくりと顔を近付けてくる彼女の唇が僕の唇に触れそうになった時、僕はようやく口を開いた。



「ダメ・・・なんです」



「・・・え?」



彼女は、そっと僕から離れ聞き返す。



「あなたでは、ダメなんです。僕は・・・彼女に初めて出会った時から、もう彼女のことしか考えられない。愛おしくてたまらない」



「・・・っふ・・・ふふふ・・・」



僕の言葉に先輩は突然笑い出し、こう続けた。



「そんなに艶っぽい顔で見つめられたら、堕ちない女はいないわよ。桐谷くんって、本当に純粋なのね。それに・・・そんなに彼女のこと大切なら、何も迷う必要ないじゃない」



「え?」



「それだけ好きなら・・・その愛を貫きなさい、ってこと。変なこと言って悪かったわね。このことはみんなには内緒よ。じゃあね、可愛い桐谷くん」



そう言って軽くウインクをしたかと思うと、彼女は元来たドアから去って行った。



「はぁ・・・僕も、弄ばれたものだね・・・隙だらけ、ってことかな・・・」


僕は、突然起きた出来事を振り返り、自身が油断してしまったことを反省するように呟いた。


そして、先ほどの彼女の言葉が蘇る。




「愛を貫く・・・か・・・」




夏緒里さんは、こんな僕の愛を、受け止めてくれるだろうか。たとえ、ふたりの仲が裂かれようとも、僕の側に居てくれるだろうか。



僕は、そんな不安でいっぱいになり、しばらくその場から動くことすらできなかった。





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