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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
19/94

~第18章 心裏~

「桐谷くん、ずっと好きでした!私の気持ち受け取ってください!」


「ありがとう。でも、ごめんね。僕には付き合っている人がいるから」


「え?いつから・・・」


「去年の冬、だよ」



「その人のこと・・・」


「うん。本当に、大切な人なんだ」


「そんな・・・」




今日は2月14日。バレンタインデーである。


朝、僕は学内に入った瞬間から、見知らぬ女の子たちとこんな会話を繰り返している。


僕には大切な人がいる。そう告げると、みんな走り去って行った。


「みんな、一体どこで僕のこと知るんだろう・・・」


僕が疑問に思いながら教室に向かっていると、後ろからポンと肩を叩かれた。



「おはよ!今年も、すごいな、桐谷の人気は」



「あ、春樹。おはよう。僕は知らない子たちばかりなのに、向こうは知っているみたいなんだ。どうしてなんだろう」


僕は、爽やかに笑う春樹にそう聞いてみる。



「そりゃあ、あの桐谷家の御子息ともなれば知らない人はいないんじゃない?まあお前はそれが嫌なんだろうけどな。それにこのルックス。惚れない女はいないっしょ」


春樹はニコニコしながらそう答える。



「うん、そんなことでみんなに知られているなんて嫌で仕方がないよ。見た目がいいのかはよくわからないけど。それに、そういう春樹もそのルックス、そしてそのチョコの量、他人事じゃないでしょう」


僕は、鞄から溢れんばかりのチョコレートの箱を見ながらそう言った。



「あら、バレた?でも俺本命は・・・桐谷だけだから」



「っ・・・・・・!」



春樹の突飛な台詞に、声も出ない僕。



「なぁんてな。お前、感受性豊かになってきたんじゃない?良いこと良いこと!」


そう言って再び爽やかに笑う春樹に、僕もおどけて返す。


「ひどいよ・・・春樹の為に、ちゃんとチョコ作ってきたのに」



「え!?マジ!?」


そう言って、僕を見る春樹。



「冗談に決まってるでしょ。まさか期待した?」


僕は、いたずらな笑みを浮かべる。



「期待した。いや、お前が好きとかじゃなくてチョコが好きだからだぞ!」


「当たり前!慌てたら僕まで変な趣味だと思われるし」



そんな、ふたりの間では当たり前の冗談も、周囲の女子たちからは甲高い声でキャーっと叫ばれるのであった。


ほんと、女性の気持ちって難しい。










2月14日、バレンタインデー兼、桐谷くんの誕生日。


そして今の時刻、20時45分。


私は、オフィスにいる。



急遽、明日までの書類を任された私。秋紀が代わると言ってくれたが、秋紀にも彼氏との予定があるのを知っていた私は、勿論断った。



そして・・・桐谷くんにも断りのメールを入れざるを得なかった。


私から誘ったのに、肝心なところで本当にダメな私。こんな大事な日に・・・もう嫌われても仕方ない、そんなマイナスな考えしか頭に浮かばなかった。



「はぁ・・・よし、あとちょっとで終わる・・・」


私は、パソコンに向かってひとり呟いた。


と、その時。

突然、携帯電話が鳴る。


慌てて手に取ると、それは桐谷くんからのメールだった。



(夏緒里さん、お疲れ様です。まだオフィスにいますか?もしよろしければ差し入れをお持ちしたいなと思いますが、大丈夫でしょうか?)



「はい、います・・・っと」


私はひとり、返事をしながら返信メールを打つ。


(はい、まだオフィスにいます。差し入れ、嬉しいです!)



そう送信すると、すぐに返信がきた。



(では、今から20分程で伺います。おひとりですか?)



(はい、ひとりです(涙))



(わかりました。ありがとうございます。)



そんなやり取りをして、また仕事に戻る。


桐谷くんが来てくれる。それだけで、先程より断然やる気が出てきた。





「ふぅ、終わったぁ!」


そう言って背伸びをする私。と、また携帯電話が鳴る。



(夏緒里さん、着きました。勝手に入ってしまってもいいのでしょうか?)



桐谷くんからのメールだった。私は、すぐさま窓の外を見る。と、そこには私の姿を見つけ、ぺこりと頭を下げる彼の姿があった。


私もお辞儀をし、手招きをする。





「失礼します。お仕事中すみません、夏緒里さん」


彼は、そう言って少し緊張した面持ちで入室してきた。


「もう終わったから大丈夫。そんなに緊張しなくても、もう私しか残ってないしね」


そう言って私は微笑み、そして真剣にこう続けた。


「それより、今日は私から誘ったのに、本当にごめんなさい!」


そう言って頭を下げる私に、彼はこう答える。



「いえ、あなたのせいじゃないですよ。それに、僕の方こそ断られたにも関わらず、押しかけてしまって本当にすみません」


そうして彼もまた、頭を下げた。



「ううん、来てくれてすごく嬉しい。こんな大事な日に断って、嫌われても仕方ないと思ってたから・・・」


私は、素直な気持ちを伝える。


すると、彼は優しく微笑み、こう言った。


「僕こそ、嫌われたのかと思いました。ただ、今日は・・・どうしても、ひとりで居たくなくて・・・」



そうして、憂いを帯びた瞳で見つめてくる彼に、私は、また目を逸らせずにいると、彼はにっこりと微笑みこう言った。



「それにしても・・・夏緒里さんの制服姿、美しいですね。悪い虫がつかないか心配になってしまいます」



「えっ!?美しい・・・かな・・・?悪い虫だなんて、全然無いよ。おじさまにしか好かれたことないし」


私は、見慣れている制服姿を誉められ、ドキドキしながらそう答えた。



すると、彼は突然真面目な顔になり私に近づくと、唇が触れそうな程の距離でこう囁いた。



「触られたり・・・してませんよね?」



私は、その距離にさらに鼓動が速くなり、慌ててこう答える。


「ない・・・触られたりしてない・・・です」



それを聞いた彼は、にっこりと微笑んだかと思うと、さらにこう囁いた。


「良かった・・・あなたに触れていいのは、僕だけですから・・・ね」



「っっ!!!!!!!」


その言葉に、もう完全に頭がショートしてしまった私は声も出ない。



「ふふ・・・僕って意外と、嫉妬深いのかもしれませんね」


と、私からゆっくりと離れ、クスッと笑う彼。


そんな彼に私は、何も言い返せずに、鼓動は速くなるばかりだった。





「いただきます」



その後、彼の持ってきてくれた差し入れをミーティングテーブルでいただくことに。


なんだかおしゃれなスープと、サンドイッチ。


「あったかくて美味しい」


私は、スープの温かさにほっとする。



「大学の近くにパンとスープの専門店があるんです。遅くまで開けていてくれるので、本当に助かっています」


彼は、にっこりと微笑み説明してくれた。



「そうなんだね。差し入れまで本当にありがとう」


私も嬉しくて微笑んだ。そして、今日が何の日だったかを改めて思い出した。



「あ、あの・・・」



「はい」



「こんな時間になっちゃったけど、良かったらうちに来ませんか?その・・・チョコレートケーキ・・・作ったので・・・」



私は、話している途中でなんだか恥ずかしくなり、徐々に声が小さくなる。



「え・・・本当ですか?嬉しいです」



彼は一瞬驚いたが、すぐに表情が明るくなり、そう答えた。



「じゃあ、急いで着替えてくる。ちょっと待っててね」


食べ終えた私は、彼にそう告げると、急いで隣の更衣室へと向かった。





オフィスを出た私たちは、そのまま私の自宅へと急ぐ。


こんなことがあると、自宅が近くで良かったと思った。




「ふぅ、到着!さ、上がって」



「お邪魔します」



私は彼を部屋に通すと、暖房器具のスイッチを入れ、彼を座らせた。



「ちょっと待っててね。すぐに準備できるから」


そう告げて、キッチンに向かった私はコーヒーを運びそしてケーキをテーブルの上に載せた。


「この間、本屋さんで見ていたガトーショコラ・・・本当に作っちゃいました」


私は、少し緊張しながらそう説明する。


すると、彼はにっこりと微笑みこう言った。



「本当に彼氏へのプレゼント、になったんですね。ありがとう。すごく嬉しいです」



その言葉に私も嬉しくなって、にっこりと微笑んだ。


「お誕生日だから、ろうそくも買ってきたよ」


そう言って、ふたりで大きいろうそくを二本、小さいろうそくを三本刺していく。


そして最後の一本を彼が刺そうとして、そのままテーブルの上に置いた。


「え?どうしたの?」


不思議に思った私は、すぐさま彼に尋ねる。



「夏緒里さん、僕・・・ひとつだけあなたに嘘をついていたことがあるんです」


そう言って彼は、少し切ない表情で私を見た。



「僕は、あなたと出会った時はまだ21歳。そして今日で22歳になります」


「・・・え?」



私はなんだかよくわからずに、ただ驚きの声を出す。



「僕は、あなたに年齢を聞かれた時、歳が離れすぎていては好きになってもらえないかもしれないと、とっさにひとつ上に答えた。今まで黙っていて、本当にすみません」


そう言って頭を下げる彼を前に、私は頭をフル回転させて苦手な計算をする。



「あ・・・ほんとだ・・・。今4年生で、2月が誕生日だから、今日で22歳!」



「はい」


彼は、しゅんとした表情で静かに返事をする。



「そんなの誕生日を聞いた時点で気づかない私が悪いんだから、気にしないで!それに・・・歳が離れていること気にしてたの、私だけじゃなかったんだって思うと、なんだかちょっと安心した」



私はそう言うと、ろうそくに火を灯した。



「桐谷くん、22歳のお誕生日おめでとう!私は、あなたの彼女になれて、そしてこうしてあなたの生まれてきてくれた日をお祝いできて、本当に幸せです」



私がそう伝えると、彼は少し潤んだ瞳でこう言った。



「僕もあなたの彼氏になれて本当に良かった。今日が・・・僕の人生で一番幸せな誕生日です」


そう言ってにっこりと微笑む彼の姿は、ろうそくの淡い光に照らされ、とても美しく輝いていた。






ケーキを食べ終えた私は、再び緊張しながらプレゼントを渡す。


「あの、これお誕生日のプレゼント。気に入ってもらえるといいけど・・・」



「ケーキをいただいたのに、プレゼントまでいただけるんですか?ありがとうございます」


彼はそう言って驚きながら、プレゼントを受け取った。



「開けてもいいですか?」



「うん。開けてみて」



私は、ドキドキしながら勧める。



「素敵な手袋ですね。温かい・・・通学が楽になります。ありがとう」


包みを開けた彼は、すぐに身につけると、そう言ってにっこりと微笑んだ。


そして、彼はそのまま自分の鞄を開くと、中からリボンのかかった包みを取り出し私に差し出した。



「僕からも、夏緒里さんへプレゼントです」



そう言ってにっこりと微笑む彼に私は戸惑い、こう答えた。


「え・・・私、誕生日でもなんでもないよ?」



「ええ。ただ、この間デパートに行った時に、あなたに似合いそうなものを見つけたので」



記念日以外で男性からプレゼントを貰う、なんてことは初めての私は、彼の思ってもみない言葉に胸がいっぱいになった。


「・・・ありがとう・・・開けてもいい?」


やっとのことでお礼の言葉を口にすると、彼は優しく微笑みながら開けるよう促した。



「あ・・・可愛い・・・」


中から出てきたのは、小さな可愛いリボンのついた淡いピンク色の手袋だった。



「それを見た時、あなたの優しさと可愛らしさが頭に浮かんだんです」



「嬉しい・・・ありがとう。大切にするね」



私は、彼の言葉とそのプレゼントに、嬉しくて手袋をぎゅっと抱きしめた。




「それにしても、お互いに手袋を選ぶなんて、僕たち本当に気が合いますね」



「うん。初めて桐谷くんと出会った時のこと、思い出したんだ・・・」



私は、ゆっくりとそう答えた。



「僕も、同じですよ・・・初めてあなたの手に触れた時のこと、思い出したんです」



そんな会話をしていた私たちは、また可笑しくなって同時に笑い出した。


「ふふっ・・・考えてること、また同じだね」



「はい。以心伝心、ですね・・・ふふっ」



そうして私たちは、ぎゅっと手を繋いだ。



「夏緒里さん・・・」


「はい」



彼は、静かに名前を呼ぶ。



「今度・・・僕の家に来ませんか?」



そう尋ねた彼が緊張している様子が、繋いだ手から伝わってくる。



「もう気づいているかもしれませんが、僕は両親とお世辞にも親しいとは言えません。先日、初めてその両親に自分の思いを打ち明けました。すると、僕が自分の意見を言えるようになったのは他人の手が入ったからだと・・・そして、今度連れてきなさいと、言われました」



私は、彼の話に驚きながらも相槌を打つ。



「あなたを傷つけるようなことになれば、絶対に会わせたくない。と、僕は父にそれを条件として示したんです。意外にも、父はその条件をのみました。だから、あなたを傷つけることはさせない。でも、あなたが行きたくないというのなら、無理強いはしません」



そう話す彼は、繋いだ手に力がこもっていた。



「もしかして・・・この間カフェで言いかけたことって・・・」


彼の話を聞いた私は、先日デパートのカフェで、彼が最後まで言わなかった言葉を思い出した。



「はい・・・あなたに断られるのではないか、傷つけてしまうのではないか、と怖くて聞くことができませんでした・・・」


そう言って、つらそうに俯く彼。そんな彼を私はそっと抱きしめた。



「答えは、勿論イエス。断る理由なんか何もない。それに、私は傷ついても平気。でも、私のせいであなたたち親子の仲が悪くなるのなら・・・私はもうあなたと一緒には居られない・・・」



彼には幸せな道を歩んでほしい。だからこそ下した決断だった。



「・・・夏緒里さんが・・・居なくなるのなら、僕にはもう幸せと呼べるものは何も存在しない」


「・・・桐谷くん・・・」



「だから・・・僕と一緒に居られないなんて言わないで・・・僕を・・・ひとりに・・・しないで・・・」



そう言って震える彼の背中を、私は優しくさすった。彼の生まれ育った環境は、私が思っている以上に厳しいものなのだろうか。私には到底、計り知れないものが彼の心には存在する。



それは私が見た、彼の二度目の涙だった。




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