~第16章 冬真~
放課後、図書館で勉強しようと春樹を誘った。
先に着いた僕は、早速テキストを開き、今日の復習から入る。
「えっと・・・こういう場合は・・・」
しばらく続けていると、段々と睡魔が襲ってきた。
「・・・最近・・・遅くまで勉強してるからかな・・・」
眠い目をこすりながら僕は、必死に睡魔に打ち勝つ努力をする。今までこんなことは、一度もなかったのに・・・
そんなことを考えていた僕は、波打つように襲ってくる睡魔に抗うことができなくなり、いつの間にか眠りについてしまった。
「桐谷、遅れてごめん」
「・・・・・・・・・」
「・・・桐谷?」
「・・・・・・・・・」
「桐谷・・・よく眠ってる・・・。ほんと、お前は昔からいつもひとりで・・・よく頑張ってるよ・・・」
どれくらい時間が経ったのだろう・・・。何か温かいものが頭に触れた気がして、僕は目を覚ました。
「あ・・・春樹・・・来てたんだ?」
僕は、隣で勉強している春樹に気づき、そう言った。
「お!桐谷やっと起きたか。おはよう。珍しくよく寝てたな」
春樹は、そう言って爽やかに笑う。
「うん・・・。慣れないことをすると、疲れるものなんだね」
僕は、ははっと力無く笑う。
「そういえば春樹、さっき僕の頭に触れた?」
先ほどの温かいものが気になり、尋ねる。
「ん?触ったよ。さっきじゃなくてだいぶ前だけどな。桐谷いつも頑張っててお利口さんだね、よしよしってしてやった」
春樹はそう言うと、いたずらっぼく笑いながら、再び僕の頭を優しく撫でてくれた。
「春樹・・・君って本当に優しいね・・・僕は君の子どもとして生まれていれば良かったよ・・・」
春樹の手の温かさに僕は、思わず涙ぐむ。
「お、おい!こんな所で泣くのはよしてくれ!俺が泣かせたみたいだろ!」
僕の涙に、あたふたと慌てる春樹。そんな春樹に僕は少し微笑みながらこう返す。
「本当に春樹が泣かせたんだから仕方ないよ。僕は優しくされるのには慣れていないって知っているくせに・・・なんだか最近、僕・・・涙もろくなったのかな・・・」
「そうだな。どんなにつらくても笑顔を絶やさなかったお前が、泣くなんてな・・・だが桐谷、自分の本当の気持ち、伝えられるようになることは悪いことじゃない。むしろ良いことだ」
そう言って優しく微笑む春樹。
「うん・・・僕、自分を偽るのに、疲れちゃったのかも・・・春樹、いつも僕の味方でいてくれて、ありがとう」
そう言って僕は、にっこりと微笑んだ。
そんなやりとりをしている間に、気がつけば閉館時間の21時が近づいていた。
僕たちは、急いで図書館を出る。そして、そのまま駅に向かった。
「21時15分」
僕は、電光掲示板で列車の時刻を確認し、改札を通る。
「あと5分か。しかし5分でも外は寒いな」
そう言う春樹の息の白さが、より一層寒さを物語っていた。
春樹と僕は、同じ駅で降りる。自宅も近く、いわばご近所さんだ。ただ、お互いに、ひとり暮らしは両親から許されておらず、実家から大学まで通っている。
「あ、来た」
ホームに列車が入線してくると、僕たちは、すぐさまそれに乗り込んだ。
「ふう。暖かいな」
春樹は、列車の暖かさにほっと溜め息をついた。
「本当・・・もう家に帰りたくなくなるよ」
僕は、自宅を思い出し、そう呟いた。
そんな僕に見かねてか、春樹が優しい言葉をかけてくれる。
「・・・じゃあ、うちに来るか?」
そんな春樹に僕は、こう答えた。
「春樹・・・今日は、遠慮しておくよ」
「あらら、まさかふられるとは・・・」
あっさりと断った僕に、おどけて笑う春樹。
「ふふ、心配かけてごめんね。今からお邪魔すると、春樹のご両親に悪いしね」
「正論だな。桐谷。お前の両親も、お前が何も言わずに帰宅しないとなれば、さすがに心配するだろう」
「さあ・・・どうだろうね・・・」
僕は、両親がどういう反応を示すのか、全く想像もつかないまま家路についた。
「ただいま帰りました」
玄関のドアを開けた僕は、そう言うとそのまま居間へ向かった。
帰宅したら、顔を見せてから自室に行く。気は進まないが、それが我が家のルールだからだ。
「ただいま戻りました」
重々しい居間への扉を開け、僕はゆったりとくつろいでいる両親に挨拶をした。
「あら、お帰りなさい冬真さん。あなたもこちらへ来て一緒に紅茶でもいかが?」
そうゆっくりとした口調で、僕を団欒の場へと誘う母に僕は従い、ソファへ腰掛けた。
注がれた紅茶を一口、二口、と口へ運んでいると、母は僕にこう話しかけた。
「近ごろ、冬真さんは熱意が出てきた、と教授がおっしゃっていたわ。あんなに嫌がっていたのに、何かあったの?」
「はい」
母の問いに僕は、一言だけ返事をする。
「まあ。あなたが意欲を出すなんて、一体どんなことかしら?」
僕の答えに、母は珍しく興味を示したようだったが、僕は淡々とこう答えた。
「それは教えられません」
「まあ!母親である私に言えないことがあるとでもいうの?」
僕の返事が気に入らないのか、母は急に感情的になる。
「ええ。僕はあなた方夫婦に何でも話ができる程、心を許せたことなんて一度もありません。それに・・・あなた方の考えているほど僕は、自慢できる息子でもありません」
「そんな・・・なんということでしょう・・・」
そう言って力無く頭を抱え込む母。それを見ていた父が、横から口を出す。
「冬真。何があったかは知らないが、母さんに謝りなさい」
「・・・嫌です」
僕は即座に断った。
「嫌・・・だと?」
そんな僕に父は、驚きの表情を見せる。
「僕が謝ることなんて、ひとつもない。謝るのは、僕という人間を見つめてくれたことすらない、あなた方ではないですか?」
初めて僕は、長い間思い続けてきたことを両親にぶちまけた。
そんな僕に、父はゆっくりと名前を呼ぶ。
「・・・冬真」
「はい」
「お前の人生の目標を示してくれた人物。その人を今度、うちに連れてきなさい」
「・・・え?」
父の思いもよらない言葉に、僕は一瞬頭が真っ白になった。
「ここまで自分の考えを言える程成長したのには、他に人の手が入った以外に何もないだろう」
そう言う父の言葉に暫し考えた僕は、こう返す。
「・・・わかりました。ただし、ひとつだけ条件があります」
「条件?」
「決して、その人を傷つけない、と約束してください」
僕の条件に応じなければ、この話は無いことにするつもりで僕は、そう言った。
「・・・よかろう」
その返事は僕の予想とは違うものだった。意外だった。
「では、日時はまた、追ってお知らせいたします」
僕は、そう告げると、一礼して部屋をあとにした。
「母さん、大丈夫か?」
「あなた・・・あの子・・・」
「心配ない。冬真もやっと、男になってきただけだ」
「はぁ・・・」
自室に戻った僕は、急にどっと疲れがでてしまい、大きな溜め息をついた。
「自宅が疲れるって、なんだかおかしい気がする・・・」
そんなことを呟きながら、ベッドに横になった僕の目に、携帯電話のメール着信ランプが点滅しているのが見える。
いつから来ているんだろう・・・急いでメールを開くと、それは夏緒里さんからのメールだった。
(今日も1日お疲れ様でした!桐谷くんは2月14日、何か予定がありますか?もし良ければ、お祝いしたいです。)
「ふふ・・・夏緒里さん、元気そうだな・・・」
返信をしようとして、ふと時計を見ると23時30分を回っていた。
「この時間に、返信して良いものだろうか・・・」
僕は悩んだ挙げ句、返信することにした。
(夏緒里さん、夜分遅くにすみません。時間的に悩みましたが、今日中に返信したいと思い、メールしました。2月14日、予定はありません。もし良ければ、お仕事終わる頃にそちらに伺ってもいいですか?)
そう送り終えた僕は、シャワーを浴びようと準備をしていると、すぐに夏緒里さんから返信がきた。
(私は、夜遅くても大丈夫!でも寝ていたらごめんね。14日、お迎えにきてくれたら嬉しいです。では、私の方こそ遅くに失礼しました。桐谷くん、おやすみなさい。良い夢を。)
「おやすみなさい、夏緒里さん・・・夏緒里さんは・・・」
僕の家に来てくれますか?そして僕の両親に・・・
うちに連れてくると言っても、夏緒里さんに何と伝えればいいのか・・・来てくれるのか・・・僕は、ずっとそのことで頭がいっぱいになり、それは眠るまで続いたのである。




