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私に普通の恋愛を  作者: 月並 一葉
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~第15章 始まりの音~

「・・・桐谷・・・この問題は、いくらお前でも解けないと思っていたが、よくできたな」



「ありがとうございます、教授。残りの2年はさらに勉学に勤しむつもりです」





2月に入った、ある日の講義中。僕は、教授にそう告げた。


夏緒里さんとの約束を果たす為にも、今までとは違って身を引き締めて講義に臨まなければ。



授業を終えた僕は、春樹に声をかけ、学食へと向かった。



「ねぇ、春樹。何食べる?」


「ん?俺は今日はカツな気分だからカツカレーかな」



「じゃあ僕もそれで。はい、これで僕の分も買っておいてくれるかな?ちょっと参考書買ってくる」



僕は、春樹にお金を渡し、学食の二階にある本屋に走った。






「ごめんね春樹、お待たせ!ありがとう。いただきます」


僕は、春樹にお礼を言うとすぐさま買ったばかりの参考書を広げた。




「あの~・・・桐谷?」



「・・・・・・・・・」



「桐谷~?桐谷?桐谷くん?」




「・・・・・・・え?呼んだ?春樹」




僕は名前を呼ばれた気がして、春樹に尋ねた。



「はい。呼びましたとも。何かおかしくないか?桐谷」


春樹は、僕に何かがおかしいと言う。



「え?何が?」


僕は、よくわからず聞き返した。



「お前、参考書とか買ったことないだろ。それに、食事中に本読むなんて絶対しなかったのに」



春樹は、少し呆れた顔でそう答えた。



「うん、食事中に本を読むなんてマナー違反だよね。でも僕にはもう時間がなくて・・・参考書も初めて買ってみた」



僕は、一度参考書から目を離し、春樹を見つめて話す。



「そう。マナー違反。それにお前、今更慌てて勉強しなくても毎年学年トップだろ。さっきの問題だって解けるくらいだし、参考書なんて必要ないと思うが」



春樹は、溜め息混じりにそう言った。



「うん。でも学年2位の君に抜かれないように頑張らないと・・・」


僕はそう言うと、にっこりと笑う。



「何いきなりライバル視してんだよ。俺は別に1位になろうなんて思ってないぞ。とにかく落ち着け。勉強は食事の後に。消化に悪いぞ」



と、僕を落ち着かせようとする春樹に、僕は夏緒里さんとの約束を説明する。



「だから、僕には時間がないんだよ春樹」



「はぁ・・・そういうことか・・・」


またまた溜め息混じりの春樹は、さらにこう続ける。



「今まで嫌々勉強してきたのにトップだろ?じゃあ、やる気を出したお前がまともに勉強しだしたら?それこそトップどころの騒ぎじゃないだろ。だから、大丈夫だよ。焦らなくてもいつものように地道にやれば、必ずお前は良い医者になれるって」



そう言って真っ直ぐに見つめてくる春樹。



「はぁ・・・春樹にそう言われると、確かに僕は焦りすぎているのかもしれない、と思うよ。とりあえず食事中はやめよう。料理の味全然わからないし」



僕は、とりあえず参考書を閉じた。



「そうそう。食事作ってくれた人に申し訳ないしな。味わって食べないと。しかし・・・夏緒里さんの力はすごいな。いつものんびり、の桐谷をやる気にさせ、しかも焦らせるなんてさ・・・」



そう言って春樹は、感心する。



「僕は夏緒里さんのこと、きちんと守ることができる男になりたいんだ。そうなる為には、僕がしっかりしないとね」



「はぁ・・・。お前、ほんと急に大人になったなぁ。両親に言ったら泣いて喜ぶぞ」



春樹は、再び僕に感心する。



「僕の両親は、こんなこと位じゃ喜ばないよ。たとえ僕が医者になろうと、本気で喜ぶなんてことはないと思う」



僕は、淡々と語る。

そんな僕に春樹は、少し気を使いながらこう尋ねた。



「桐谷は・・・ほんとに一度も親に誉められるとか喜ばれるとかされたこと、ないのか?」



そんな春樹に、僕は静かにこう答えた。




「一度だけ・・・あるんだ。僕が、すごく小さい頃に、一度だけ・・・」









「あのね・・・秋紀」


2月に入ったある日のオフィス。お昼ご飯を食べながら私は、おずおずと秋紀にそう問いかけた。



「なぁに?夏緒里。最近どぉ?彼とは」


秋紀は、ニコニコと笑いながら返事をする。



「それが・・・彼の人生変えたみたいなんだ・・・」


私の突拍子もない答えに、秋紀は一瞬固まる。


「は?」



「いや、桐谷くんに、私がいつ倒れてもいいように立派なお医者さんになってと言ったら、本当にやる気を出してしまって・・・」


私は、日曜日の自宅でのいきさつを話す。



「へぇ。やっとやる気が出たんだからいいんじゃないの?夏緒里は冗談じゃなくて真面目に、お医者さんになってって言ったんでしょ?」



秋紀は、あっさりとそう尋ねる。



「もちろん。冗談でそんなこと言えないよ!本人はいいみたいだけど、あんなにお医者さんになるの嫌がってたのに無理してないかなと思って・・・」



私は、彼の笑顔を思い出し心配になった。



「彼、キラキラしてたんでしょ?じゃあ大丈夫だよ。夏緒里のこと守りたいと本気で思ったんじゃないの?それにしても・・・私がいつ倒れてもいいように・・・って、それ逆プロポーズでしょ」



と、ニヤニヤする秋紀に私は慌てて否定する。


「逆プロポーズって!違うよそんなつもりじゃ・・・」



「彼は、そんなつもり・・・だったりしてね」


と、またニヤニヤする秋紀。



「え・・・どうしよう・・・」


「どうしようって、夏緒里は、彼とずっと一緒にいたいんでしょ?じゃあ結婚してもおかしくないし。彼の誕生日兼バレンタインに逆プロポーズしちゃえばいいじゃん!」


と、ひとり、はしゃぐ秋紀。



「いや、結婚だなんて、彼はまだ若いんだしそんな・・・考えてないでしょ。それに、先祖代々医者なら、きっと両親が見初めた女性とってなるんじゃない?」



私は、自分で言って悲しくなってきた。



「はぁ・・・何自分で言って落ち込んでんのよ。彼は、あんたの為に医者になろうとしてるんじゃないの?ずっと嫌っていたものになろうとするのは、並大抵の決意じゃないと思うよ。もっと自信もちなよ夏緒里!」



溜め息混じりに話し出した秋紀は、最後は私に力をくれた。



「うん・・・そうだよね。彼は凄い決意をして頑張ってるんだもんね。私もしっかり支えないと!」



「そうそう!しかし彼の両親てどんな人なんだろうね。ものすごいお金持ちで、お屋敷とかに住んでたりして!」



秋紀は、再びテンションが上がる。



「お屋敷はないだろうけど、たくさん人呼んでクリスマスパーティー開く位だから、おうちは大きいんだろうね」



私は、桐谷くんの話を思い出し、広いリビングのある家を想像した。



「だって春樹くんも、桐谷くんも、育ちが良さそうだったよねぇ。二人とも溺愛されてるんだろうなぁ」



秋紀は、お金持ちの世界とやらにうっとりと思いを馳せている。



確かに育ちは良さそうだが・・・僕の気持ちはどうでも良かったとか、唯一春樹くんだけが心を許せるとか・・・それにあの寂しそうな眼差し・・・彼は両親と仲が良いとは思えない。彼の心にはまだまだ深い闇があるのではないか。



たとえ、そうであろうとも、彼の望む限り私は、変わらずに彼を支えていこうと心に誓った。




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